ホーチミン・ルート|ベトナム戦争,解放戦線への補給線

ホーチミン・ルート

ホーチミン・ルートとはベトナム戦争において、北ベトナムが南ベトナムでゲリラ活動を行っている、解放戦線に対して軍事支援を行っていたルートである。北ベトナムから大量の物資をもらった解放戦線は次第にアメリカに優勢になっていき、敗北に追い込むこととなる。ホーチミン・ルートは一部隣国のラオスやカンボジアまで広がり、秘密裏にアメリカの攻撃が行われていた。

北緯17度

インドネシア戦争で、ジュネーブ協定がなされて以来、北ベトナム・南ベトナムの境の北緯17度は非武装地帯であった。北ベトナムが、南ベトナム国内でアメリカに対し、ゲリラ活動を展開している解放戦線を支援するためには、特殊なルートを必要とされた。

ホーチミン・ルート

ホーチミン・ルートは北ベトナムから南ベトナムの解放戦線へ軍事物資を運ぶルートである。当時の北ベトナムのホーチミン首相からそう呼ばれた。南北ベトナムの境の非武装地帯は警戒が厳重だったため、北ベトナムの輸送部隊は、ラオスを経由して南下し、南ベトナムに物資を運んだ。

ラオス・カンボジア経由のルート

ホーチミン・ルートからさらに南下して、カンボジア経由で南ベトナムの南部に送り届けるルートも存在した。最大直線距離にして1400キロ、総延長は4000キロを超える長い補給線であったが、当時のラオスやカンボジアには、北ベトナムに対抗する力は持っておらず、北ベトナムに不快感を持ちながらも黙認せざるをえなかった。

補給

北ベトナムは、当初は人手に頼って運んでたが、やがて自転車で運ぶようになり、さらに、トラックで運ぶようになる。北ベトナムは1万台のトラックと自転車が動員された。アメリカは、ホーチミン・ルート叩くため、連日、大量の空軍機を使って爆撃をくり返したが、完全に絶つことはできなかった。

ホー・チ・ミン・ルートの補修

アメリカ軍の爆撃で破壊された道路は、直ちに補修され、このルートの維持・補修に、北ベトナムは20万人を動員し、ゲリラ戦を戦った。

ラオス・カンボジア

ホーチミン・ルートはラオス、カンボジア領内を通っているため、アメリカ軍は、秘密裏にラオス、カンボジア領域内でも爆撃を行っていた。また、ラオスやカンボジアで活動する反政府の共産ゲリラも攻撃していた。この中には、不発弾も多く、田んぼで農作業をしている農民や、遊んでいる子どもたちが爆発で死傷した事故がベトナム戦争後も起こり続けた。