プラグマティズム|パース,ジェイムズ,デューイ,ローティ

プラグマティズム(実用主義) pragimatism

プラグマティズム(実用主義)は経験論功利主義社会契約説などに加え、アメリカ的な行動重視の思想を基調に形成された思想であり、アメリカ独自色の強い哲学として構築された。19世紀後半から20世紀にかけて、資本主義を確立し、エ業生産力を急速に増大させつつあったアメリカ合衆国の文化風土のもとに形成された。プラグマティズムは、知識や価値の問題を行動との関連においてとらえ、有効性ないし有用性の観点から規定し、具体的経験の中に科学的方法を生かすことを目標としている。従来の古典的な哲学が理論と実践を隔てていた事に対し、プラグマティズムは、知識や観念を行動によって検証するところに特徴がある。

道具

道具

プラグマティズの大きな流れ

プラグマテイズムは、ギリシア語の「プラグマ」(行為、実践)から作られた言葉である。パースによれば、観念の意味は、その観念をもつわれわれがどのように行動し、いかなる結果を生じるかということにあるとした。そのパースの考え方を、ウィリアム・ジェームズは一般化し、ある観念が真であるということは、その観念によってわれわれの経験がうまく導かれていくことだとした。パースが『いかにしてわれわれの観 念を明晰にすべきか』(1878)においてで使用したときは一般的でなかったが、ウィリアム・ジェームズによって広く知られるようになった。
さらにデューイは、観念や思考は、われわれが環境に適応したり、状況を積極的に変えていったりするための「道具」にほかならないことを強調した。

フロンティア精神(開拓者精神)

フロンティア精神とは、アメリカの精神性を表す言葉。19世紀イギリスを追われたピューリタン(清教徒)は、まだ未開拓のアメリカの大地で生き抜かねばならなかった。彼らは立ちはだかる大自然と格闘しながら、東部から西部へ土地を開拓していくことになるが、自由や独立、勇気・博愛といった精神性を培い、このフロンティア精神は、プラグマティズムを生み出すことになった。

プラグマティズムの特徴

プラグマティズムは、ヨーロッパで伝統的であった、日常からかけ離れた抽象的な、形而上学的・思弁的哲学とは距離を置き、イギリス経験論やピューリタン精神の流れをくみ、日常生活に密着した、経験から作り出されるアメリカ的な思想である。この立場は、帰納的(科学的)であるともいえ、具体的経験の中に科学的方法を生かして、知識や観念を行動のもたらす結果によってたえず検証しようとするところにその特徴がある。

パース

プラグマテティズムはパースの『いかにしてわれわれの観念を明晰にすべきか』(1878)においてで使用されたが、哲学の学説というよりは、概念を明晰にするための方法を意味していた。概念を明晰することによって擬似問題を排除することをその目的とし、新しい意味論の基礎を与えた。

われわれの概念の対象によってもたらされると考えられうる、実際の効果がいかなるものであるかを考察してみよ。これらの効果についてのわれわれの概念が、その対象について、われわれのもつ概念の総体である。

ウィリアム・ジェイムズ

ウィリアム・ジェームズは、パースのプラグマテイズムを意味論から真理論へと移行させた。ジェイムズによれば、あらゆる理論的区別や観念上の区別は実践的差異となって現れる。
プラグマテイズムは諸観念や諸概念をそれらの内的整合性や合理性の観点からではなく、それらがいかなる帰結をもたらすかという点から吟味する。ここでは概念の明晰化というパース的方法がいつそう実践的なものとなった。

真理を所有するということは、それ自身で目的であるどころか、他の必要な満足を得るための予備的な手段であるにすぎない(中略)「それは真理であるから有用である」ともいえるし、「それは有用であるから真理である」ともいえる。これら二つのいい方は、正確に同じことを意味している。真とは、いかなる観念であれ、真理化の過程をひきおこすような観念の名であり、有用とは、その観念が経験の内で真理化の作用を完成したことをあらわす名なのである。(『プラグマティズム』)

デューイ

デューイはもともとヘーゲル哲学を学んでいたが、後にウィリアム・ジェイムズの影響を受けて以降、伝統的な哲学的二元論に否定的になっている。理論-実践という対立概念を批判し、知的探究は実践から離れているのではなくそれがひとつの実践であるととらえた。あらゆる思考過程は問題解決を求める実践であり、いわば生命としての「適応」であるといえる。その意味で観念は環境を変化させ問題解決するための道具である。こうして観念を道具として扱う考え方をデューイの考え方を道具主義という。

概念・理論・思想体系は、道具である。すべての道具の場合と同じように、その価値はそれ自身の内にあるのではなく、それを使用した結果にあらわれる作業能力の内にある。(『哲学の改造』)

リチャード・ローティ

リチャード・ローティはネオ・プラグマティズムを名乗り、第二次世界大戦後のプラグマティズムの再興をはかった。ローティは、実在を映し出す「鏡」としての精神という伝統的な哲学のイメージを批判し、また一切の知を基礎づけるという権限で他の文化領域から自らを際立たせようとする哲学の在り方を解体しようとした。

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