フェニキア人
古代地中海世界においてフェニキア人は、現在のレバノン沿岸部を中心に栄えたセム系民族である。フェニキア人は、セム語系民族である。エジプトの象形文字やアルファベットの原型を考えたカナーン人の一派から発展したと考えられている。多くの都市国家(ウガト、シドン、ティルス等)を建設し、前12世紀頃から地中海交易をほぼ独占した。その活動は黒海や紅海沿岸にまで及び、地中海沿岸各地に植民市を建設した。さらにアルファベットの原型となる文字を伝え、周辺諸国の文化発展に大きく寄与した点が特筆される。
台頭の背景 クレタ文明
前2世紀になると、メソポタミアの古バビロニア王国を滅ぼしたヒッタイト王国が衰退する。すると鉄器がオリエント世界に広がるようになり、東地中海の海域では「海の民」の略奪・破壊がくり返されて交易は衰退した。そうしたなかで、エーゲ海で、メソポタミア・エジプト両文明の影響を受けて前8世紀ごろから栄えていたクレタ文明、トロヤ文明は急速に衰えていく。クレタ文明の中心となったクレタ島では、前1600年ごろに、オリーブを栽培し大型の船舶を建造したクレタ人が交易国家を成長させ、クノッソスには壮大な王宮が建設された。発掘した考古学者エヴァンズの推定によれば、クノッソスは約8万人が住む大都市で、丘の頂上を削って中庭にし、周辺に3ー5階建ての1500からなる建物が建てられていた。
クレタ文明の滅亡
クレタ文明は、東地中海世界の大変動のなかで「海の民」の略奪にあい、前1200年頃に滅亡した。最近は滅亡の理由として、地震や過度の耕作による森林破壊などの理由も考えられている。クレタ人に代わって地中海の商業覇権を握ったのは、フェニキア人であった。
フェキニア人の台頭
フェキニア人は地中海沿岸に定住し、ビブロス、シドン、ティルスなどの都市国家を築いた。クレタ・ミケーネ勢力が後退した後、前12世紀には地中海の貿易をほぼ独占するようになり、また地中海沿岸にカルタゴをはじめとする多くの植民市を建設した。全盛期には大西洋やインド洋まで支配下においた。
起源と居住地
フェニキア人は、紀元前3000年頃からレバント地方の海岸部に定住し、ビブロスやシドン、ティルスなどの都市国家を築いた。海洋資源に恵まれた地域であったことから、水産業や造船術が早くから発達し、近隣の内陸地域と自国の港を結ぶ中継点としても機能した。山がちで農耕地に乏しかったため、輸入した物資の加工や再輸出に長けており、その貿易活動が社会や経済を支える基盤となっていた。
都市国家と交易
ビブロス、シドン、ティルスといった都市はそれぞれ独立した政治体制を持ちつつ、地中海沿岸やエーゲ海諸島、さらには北アフリカなど遠方との交易を活発に行った。特にエジプトやメソポタミアの高度な文明圏との取引は、金属製品や宝石、香料など多彩な品々を扱うことで莫大な富をもたらした。またセム系の言語と交易拠点としての知識を活かし、異文化との交流を深めながら柔軟に商圏を拡大していった点がフェニキア人の商業活動の大きな特色である。
ウガト
ウガトはシリアの海港都市である。15世紀頃にはフェニキア人がオリエント文明とエーゲ文明の影響を受けた文化を発達させた。前1200年頃、「海の民」の侵入によって破壊された。
シドン
シドンは、フェニキア人の海港都市国家である。前12世紀頃から繁栄し、前6世紀、新バビロニアに滅ぼされた。
ティルス
ティルスはシドンと並ぶ、フェニキア人の海港都市国家である。前12世紀頃から繁栄し、前814年頃北アフリカに植民市カルタゴを建設した。他の諸都市とともにアッシリア・新バビロニア・アケメネス朝に服属したのち、海上貿易に従事した。
産業
フェニキア人は、地中海全域へ船舶を派遣し、多彩な国々との交易を展開した。フェニキア人の産業は、海岸の石英の白砂を原料とするガラス、ミュレックスという巻き貝からつくられる真紅の染料「ティルスの紫」を使った染色などの産業化をおこなった。また、神殿や船、青銅器の作製のために木材が大量に必要となり、フェニキア人は、レバノン杉という良材を流通させた。とくにレバノン杉で作られた船は、オリエントと地中海諸地域を結ぶ貿易を可能にした。
染料「ティルスの紫」
地中海の貝類から抽出される「ティルスの紫」は、極めて高価な染料として古代世界で名声を得た。わずかな量を得るにも多くの貝が必要であったため、王侯貴族だけが手にできる贅沢品となり、権威の象徴として扱われた。この染料の独占的な製造技術と販路を握ったフェニキア人は、経済的な優位性を長く維持することに成功したのである。
海洋技術と航海術
- 都市と商拠点:ティルス、シドン、ビブロス、カディス、カルタゴなどを要所とした。
- 船舶技術:流線形の船首や安定性に優れた船体設計を採用し、長距離航海を可能にした。
異民族支配
前7世紀、アッシリアに敗北したあと、新バビロニア王国やアケメネス朝ペルシアと異民族の支配を受けた。しかしながら、その間も海上における活動は衰えることなく、ペルシア戦争時にはフェニキア海軍が活躍した。前4世紀後半にティルスがアレクサンドロス大王によって破壊され、東地中海の支配権はギリシア人に奪われたが、西地中海において、カルタゴは活発に貿易が行われた。
文字の発達と文化
アルファベットの源流とされる「フェニキア文字」は、楔形文字やヒエログリフと異なり、音素を表す単純化された体系を特徴とする。これにより文字の学習難易度が大幅に下がり、広域での商取引や記録に適した書記法として周辺国に採用された。後のギリシア文字、さらにはラテン文字につながる重要な橋渡しの存在としてフェニキア人の文字文化は大いに評価されている。一方で、長い海上生活を通じて得られた情報や技術は多方面に派生し、複合的な文化交流を可能にした。
フェキニア文字
シナイ文字は、エジプトの象形文字から発達したセム語系用の表音文字である。20世紀初頭のシナイ半島で発見された。フェニキア人は、シナイ文字をもとにフェキニア文字を作成した。22字の子音からなる表音文字である。フェニキア人の交易活動に伴い、東地中海沿岸に伝わり、前8世紀にはギリシア人はこれを改良して、今日の西方系諸文字の源流となった。
アルファベット
アルファベットはシナイ文字・フェニキア文字から発達した表音文字で、まずはギリシアで母音文字が加わって24文字のギリシア=アルファベットが生まれた。この後、ギリシア文字からラテン文字・ロシア文字が発達し、ヨーロッパ各地に広まった。