ヒッタイト|鉄製武器を最初に使用した古代の王国

ヒッタイト

ヒッタイトは、インド=ヨーロッパ語系民族で、前17世紀半ば頃、小アジアにハットゥシャ(現ボアズキョイ)を都とする王国を建て、前16世紀初めにはバビロン第1王朝を滅ぼした。その後ミタンニを破り、シリアに進出してエジプトと争い、前14世紀に最盛期を迎えた。馬と戦車を使用したほか、鉄製武器を最初に使用した。前12世紀初め、「海の民」の侵入によって滅亡した。

アナトリア

小アジアとも称される黒海・エーゲ海・地中海に囲まれた半島部分。現在のトルコ共和国の領域にはぼ重なる。まず前19世紀ころに小アジアのアナトリア高原に移動した一派によって、先住諸民族をしたがえて、ヒッタイト王国をたてた。

インド=ヨーロッパ語系民族

ヒッタイトは、インド=ヨーロッパ語系の言語を使用する民族で、古代オリエント文明を担った。民族としては、その他イラン人などがあげられる。かってはカッシート王国やミタンニ王国を建てた民族該当するとされてきたが、近年では不明とされている。

インド=ヨーロッパ系諸族の躍進

原住地とされる中央アジアや南ロシアより前2千年紀初頭に移動を開始したインド=ヨーロッパ系諸族は、他の民族も巻きこんでオリエントに波状的に侵入した。馬にひかせた戦車で編成された彼らの軍隊は、そのすぐれた機動力をいかして先住民を次々に撃破し、各地に征服国家をたてた。
これによって、エジプトも含めてオリエントの各地方の接触が促され、ひとつの世界としての古代オリエントが形成されるようになる。

古代オリエント

前15~前14世紀にかけて、古代オリエント世界は、ヒッタイト、ミタンニ、カッシート、ヒクソスを追放して新王国時代にはいったエジプトの4国が共栄共存する繁栄期をむかえるようになる。

ヒッタイト王国

ヒッタイト王国はハットゥシャを都とし、前1650年ころには強力な帝国に成長した。前16世紀の初めには古バビロニア王国との戦争に突入するが勝利し、これを滅亡に追い込んだ。

ボアズキョイ(ハットゥシェ)

ボアズキョイ(ハットゥシェ)は小アジア中央部の遺跡で、ヒッタイトの首都ハットゥシャシュがおかれていた。

カデシュの戦いKadesho

古バビロニア王国との戦いに勝利したヒッタイト王国は、前14世紀に最盛期を迎えるが、この頃は南進してミタンニ・エジプトと抗争した。前13世紀の初頭では、北進してきたエジプト新王国のラメス2世と、シリアの覇権をめぐって争うが、これをカデシュの戦いと言う。

軍隊

ヒッタイトの軍隊は、馬と戦車に加えて、鉄製武器を活用して勢力を伸ばした。特に馬を使った兵器はこのころ初めて確認される。前1200年には滅亡することになるが、それ以来、ヒッタイトに独占されていた鉄製武器がオリエント全域に広まることとなる。

滅亡

前1200年ころになると、東地中海地方にあらたに民族移動がおこり、「海の民」によってヒッタイトは滅亡に追い込まれる。