コミュナリズム
コミュナリズムとは、本来は「共同体(コミュニティ)」を重視する思想一般を指すが、インド近現代史ではとりわけ宗教共同体を政治動員の単位とする傾向を意味する語として用いられる。ヒンドゥー教徒、イスラーム教徒、シク教徒などの宗教集団が、それぞれの集団的利害を前面に出して政治活動を行い、ときに他集団との対立や暴力をともなった現象を説明する概念である。イギリス帝国の植民地支配のもとで、このような宗教共同体中心の政治が強められ、インド独立運動の内部に深い分断を生んだ。こうした意味でのコミュナリズムは、宗教を超えた統一的な民族主義とは異なる政治のあり方を示す言葉として、歴史叙述において重要である。
用語の意味と宗教共同体
インド史におけるコミュナリズムは、単に宗教心が強い状態を指すのではなく、宗教共同体が政治的利害を代表する単位となることを意味する。ここでいう宗教共同体とは、ヒンドゥー教徒やイスラーム教徒など、同じ信仰を基盤とする大集団であり、地域やカースト、言語などの違いをこえて一体の政治主体として扱われる傾向をさす。たとえば、選挙において「ヒンドゥー教徒の利益」や「イスラーム教徒の権利」が前面に押し出されるとき、そこにはコミュナリズムの発想が存在する。こうした宗教共同体中心の政治は、近代的な市民平等や、全インド的な民族統一をめざす運動と緊張関係に立った。
植民地統治とコミュナリズムの形成
イギリス帝国の支配は、宗教共同体を公式の政治単位とみなす仕組みを通じてコミュナリズムを強めた。国勢調査で住民を宗教ごとに分類し、選挙制度でもヒンドゥー教徒選挙区、イスラーム教徒選挙区のように別個の有権者団体を設ける「分離選挙制度」が採用された。これにより、人びとはまず宗教共同体の一員として政治的に動員されるようになり、全住民を代表すると自認するインド国民会議のような組織は、しばしば「ヒンドゥー多数派の組織」とみなされてムスリム側の警戒を招いた。イギリス側も対立を利用して統治を有利にすすめる方針をとり、結果としてコミュナリズムは植民地統治と結びついた政治文化として定着した。
コミュナリズムの主な特徴
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第一に、コミュナリズムは宗教共同体の内部を同質の集団としてとらえ、その利害を一体のものとみなす傾向を持つ。内部の階層差や地域差はしばしば軽視され、「すべてのヒンドゥー教徒」「すべてのイスラーム教徒」といった抽象的な集団像が強調された。
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第二に、政治的対立の線引きが、宗教間の境界と重ねて理解されやすくなる。土地問題や雇用をめぐる競合など、本来は社会経済的な争点であっても、ヒンドゥー対ムスリムという構図に変換され、宗教間対立として表現されることが多かった。
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第三に、選挙やデモなどの政治動員において、宗教指導者や宗教政党が大きな役割を果たす点があげられる。宗教儀礼や祭礼が政治集会と結びつくことで、大規模な動員が可能となる一方、暴動や虐殺などの集団的暴力にも転化しやすい側面を持った。
民族主義運動との関係
インド独立運動は、宗教やカーストをこえて住民を結集しようとする広義の民族主義と、宗教共同体ごとの利害を前面に出すコミュナリズムとのあいだで揺れ動いた。ガンディーやネルーらが率いたインド国民会議は、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の協力を重視しつつも、実際にはヒンドゥー多数派の色彩が強いと受け取られた。その結果、ムスリム側では全インド・ムスリム連盟が台頭し、「ムスリム共同体のための独自国家」という発想が強まり、最終的にインドとパキスタンの分離独立につながったと理解されることが多い。ここにもコミュナリズムが近代民族国家形成に与えた大きな影響が見てとれる。
ガンディーの批判と宗教間協調
ガンディーは、著作ヒンドゥ=スワラージなどで、宗教を超えた自律的なインド社会を構想し、サティヤーグラハや非暴力不服従運動(第1次)を通じてヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の協力を訴えた。彼にとってコミュナリズムは、真理や非暴力の実践を妨げる分断の論理であり、日常生活における宗教間の共生を重んじる倫理と相容れないものであった。ガンディーは各地の宗教暴動に際して現地に赴き、断食や対話によって沈静化を図ろうとしたが、独立前後の大規模な流血を完全に防ぐことはできなかった。このことは、倫理的・精神的訴えだけではコミュナリズムの政治的力学を転換しきれなかったことを物語る。
現代インドにおけるコミュナリズム
独立後のインドは憲法上「世俗国家」を掲げ、国家が特定宗教を優遇しない原則を採用したが、現実政治ではコミュナリズムが依然として重要な要因であり続けている。選挙では宗教やカーストに訴える動員が行われ、宗教施設をめぐる紛争や地方都市での暴動がたびたび発生した。とくにヒンドゥー至上主義的傾向を持つ勢力と、ムスリム少数派の権利をめぐる対立は、21世紀に入っても重要な政治争点である。こうした状況は、植民地期に形成されたコミュナリズムの構図が、形を変えながら現在まで持続していることを示している。
西洋思想におけるコミュナリズムとの相違
英語の「communalism」は、西洋の政治思想では地域共同体や自治体に基礎を置く政治構想、あるいはアナーキズムや自由主義的社会主義の流れの一種を指す用法もある。しかしインド史研究で用いられるコミュナリズムは、主として宗教共同体を基盤とする政治動員と対立構造を表す概念であり、共同体自治や自主管理を理想とする思想とは異なる文脈で使われる。したがって、文脈を確認せずに語を機械的に訳すと誤解を生みやすく、インド近現代史では宗教と政治の結びつきを示す専門用語として理解することが重要となる。この点を踏まえることで、イスラームやヒンドゥー教の歴史を含むインドの社会構造を、より精密に把握できるようになる。
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