ヨハネス・ケプラー|天文学,ガリレオ

ヨハネス・ケプラー Johannes Kepler 1571~1630

ヨハネス・ケプラーはドイツの天文学者。コペルニクスの説をきっかけに地動説を支持した。ティコ・ブラーエの弟子となって天体観測を行い、実際の観測データをその根拠にしている。功績としては、ケプラーの3つの法則を発見し、後にニュートンの万有引力の理論の根拠となって、宇宙における物体の一切の運動の力学的説明を可能にした。

目次

ケプラーの3つの法則

ケプラーの第1法則 惑星は太陽を焦点とする楕円軌道(1609年)
ケプラーの第2法則 惑星と太陽を結ぶ線分が掃く面積速度は一定(1609年)
ケプラーの第3法則 惑星の公転周期の2乗は、楕円軌道の長径の3乗に比例(1619年)

超新星についての研究

1572年、ティコ・ブラーエがカシオペア座に、1604年、ケプラーがへびつかい座に超新星を発見し、詳細な観察記録を残した。超新星は星が爆発を起こしたときの閃光であるが、この当時の天動説によれば、天上界は変化のない完全な世界であり、星があらたに生まれることなどは有りえず、人々は不思議な思い出それを観察していた。この超新星の観測は天動説に一石を投じる、科学の飛躍の出来事であった。なお、次に超新星が発見されるのは、283年後の1987年であった。

『新天文学』ケプラー

ティコ・ブラーエの観測データを駆使し、惑星の運動に関するふたつの経験則を導出、1627年に『新天文学』を発表した。すべての惑星は太陽を焦点とする楕円軌道上を運動し、太陽と惑星を結ぶ線分が等しい時間に描く扇形の面積は一定である、という法則である。当時の人々の多くは対照性の高い円を描くと考えられており、大きく異なっていた。この力学的説明はニュートンを待たなければならないが、『新天文学』はニュートン力学への大きな一歩となった。

『世界の調和』ケプラー

1619年、ケプラーは惑星に関する三つ目の法則を発表した。惑星の公転周期の2乗は楕円軌道の長径の3乗に比例することが示された。

魔女裁判

1620年、ケプラーの母が魔女裁判の容疑にかけられ、逮捕投獄されている。ケプラーは自ら弁護士料を作成、母親に付き添って魔女裁判に出廷した。1年後、無事解放されるが、その他多くの女性は拷問の後、処刑された。

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