カニシカ王|クシャーナ朝の最盛期を支えた名君,インド

カニシカ王

カニシカ王は、クシャーナ朝の王である。クシャーナ朝は、前1世紀末、クシャーナ朝(貴霜国)は大月氏から独立し、インダス川上流域からガンジス川上流域にいたる間を占領して西北インドをおさめた国家であるが、2世紀頃のカニシカ王のとき、最盛期を迎えた。

シルクロード

カニシカ王は、アフガニスタン・西トルキスタンの全域とインドの西北部を支配し、西のローマ帝国や東の中国(漢)と交渉のなかで、シルクロードの要路を占領した。

プルシャプラ

首都をインドと中央アジアを結ぶプルシャプラ(今のパキスタン北部のペシャワール)におき、交通の要地として繁栄を促した。

仏教

カニシカ王は仏教を信仰し、アショーカ王にならって仏典結集を行うなどその保護に努めたので、仏教は再び西北インドを中心に栄えた。そのほか、宗教的には、ギリシアローマの神々、ゾロアスター教ヒンドゥー教をも認め、支配下の多くの民族に寛容な態度をもった。

死後

カニシカ王の死後は衰退し、3世紀にはササン朝の侵入を受け、5世紀には中央アジアから南下したエフタル族によって滅ぼされた。