エジプト文明の歴史

エジプト文明の歴史

エジプト文明の歴史は、元々ナイル川で多数の集落(ノモス)の集まりだったが、上エジプトの王メネスによって統一されてから、前4世紀にアレクサンドロス大王によって征服されるまでの期間をいう。他民族の侵略に合いながらも約30の王朝が交替した。通常、これらの期間の重要な時代を古王国・中王国・新王国の3期に区分する。(参考:古代エジプトの宗教,古代エジプト

死者の書

死者の書

ナイル川と灌漑農業

オリエント(西アジア)

オリエント(西アジア)

エジプト文明は、ナイル川の地域で花開いた文明である。ナイル川は、水源地のエチオピア高原での季節的な豪雨によって、7月になると下流で増水が始まり、11月までは氾濫した水が流域の平地を覆う。水がひいたあとの耕地には、上流から運ばれた肥沃な泥土が残された。ナイル川の氾濫は定期的に繰り返され、エジプトの農地は生産力がきわめて豊かであった。

交通路

ナイル川

ナイル川

ナイル川はエジプト全体のの各地を結ぶ交通路としての役割も担い、散らばった各地との交易が進んだ。ナイル川には、ノハム系民族の多くのノモスと呼ばれる集落があったが、ナイル川の有効な治水と用水の公平な分配のために住民を統括する指導的な権力が必要であり、次第に統合に向かう。

上エジプトと下エジプト

アブシンベル神殿

アブシンベル神殿

多くのノモスはそれぞれ時間とともに大規模な共同体をつくり、下エジプト(ナイル下流のデルタ地帯)と上エジプト(ナイル上流)の2つの王国にわかれた。前3000年ころに、上エジプトの王メネス(別名ナルメル、在位年不詳)が下エジプトを征服して統一国家を形成した。アブシンベル神殿は、高さ20mの虚像で、4体ともラメセス2世である。下エジプトと上エジプト統合の象徴である。

ファラオ

ファラオとは、大きな家を意味し、エジプト文明では通年で、一時的に異民族の侵入や外国の支配を許したが、基本的にはファラオ(王)によって安定統治が実現された。

古王国時代

ピラミッド

ピラミッド

古王国時代は、前27世紀の半ば頃に始まる第3王朝から第6王朝までの約500年間である。古王国時代は、下エジプトのメンフィスを都とした。この頃から、ファラオ自身が神の化身として宗教的な権威をまとい、神権政治を行い統治に正当性を与えた。以降、神権政治の伝統は続く。ナイル西岸の砂漠のピラミッドは、ほとんどが古王国時代の王の墓所として造営されたといわれている。当時の王権の強大さを示している。しかし、第6王朝の後、ファラオの権力は次第に衰え、各地のノモスが独立した。

中王国時代

中王国時代は、第11王朝と次の第12王朝の時代である。前22世紀ころになると、第11王朝は、上エジプトの都市テーベに起った王家が、再び全土を統一した。テーべは、都として、古代エジプトの政治・宗教の中心として重要な役割を果たす。

ヒクソスの侵入

前17世紀初頭、シリア方面から異民族のヒクソスの侵入がはじまる。エジプト文明には無かった馬と戦車を用いた軍隊で、デルタ地帯を中心にエジプトを1世紀支配する。ヒクソスはセム系を中心とする西アジア系の遊牧民集団で、インド=ヨーロッパ系民族の進出に押されて、エジプトに移動した。

新王国時代

前16世紀、テーベに第18王朝によってヒクソスから土地を奪い返し、全土の統一を取り戻した。第18王朝から第20王朝までの約500年間までを新王国時代と呼ぶ。第18・19王朝が最盛期で、対外的にも積極的な政策をとった。

第18王朝のハトシェプスト女王

第18王朝のハトシェプスト女王(Hatshepsut)(位前1503頃~前1482頃)は、南方のプント(Punt)に船団を送って交易した。

トトメス3世

エジプト最大の王といわれるトトメス3世(ThuitmesⅢ位前)(1504頃~前1450頃)は、シリアやナイル川上流のヌビアに進出して帝国支配をおこなった。

アメンホテプ4世

第18王朝のアメンホテプ4世(位前1379頃~前1362頃)は、幾度の反対があったにもかかわらず、伝統的なアモン神(Amon)中心の多神教に代えて唯一神アトン(Aton)の崇拝を強行した。テル=エル=アマルナ(TellelAmarnae)に遷都して、自らをイクナートン(Ikhn-Aton)と名乗った。イクナートンは、アトンを喜ばせるものを意味する。新しい宮廷を中心に、エジプトでは珍しかった、自由で写実を特徴とするアマルナ美術も生まれるようになる。しかし、この改革は王の死によって終わる。次のツタンカーメン王は都をメンフィスに移し、アモン神の信仰が復活した。なお、宗教改革が失敗し、この一族は不遇な扱いを受けた。

第19王朝のラメス2世

第19王朝のラメス2世RariesII(位前1304頃~前1237頃)が、シリアの領有を巡ってヒッタイトと戦争を行った。

クシュ人

前12世紀ころからエジプトの衰退ははじまる。第20王朝のラメス3世RamesII(位前1195頃~前1164頃)は「海の民」の侵略を退けたが、その衰退は留まることなく、異民族の侵入や外国勢力による支配を止めることはできず、第22から24王朝はリビア人、第25王朝はヌビア出身のクシュ人によって立てられた。前7世紀の前半にはアッシリアが進出し、エジプトを支配下におく。

アケメネス朝ペルシア

第26王朝のもとで一時エジプト人の独立が回復されたものの、前525年にはアケメネス朝ペルシアによって征服され、その1州となる。

アレクサンドロス大王

前33²年にはアレクサンドロス大王の征服をうけ、ここにエジプト文明の歴史は終える。