アンコール朝|アンコールワットやアンコールトムの世界遺跡

アンコール朝

アンコール朝(802-1432)は、カンボジア北西部のアンコール地方を中心に栄えたクメール人の王朝である。アンコール地方に都をおき、インドシナ半島の中部・南部のほぼ全域び、真臘の全盛期を支えた。アンコール=ワットやアンコール=トムなど神聖化された王権のもとで、王城やヒンドゥー教仏教の大寺院が次々に建造された。

治水・灌漑の技術

アンコール朝では治水・灌漑の技術が発達し、農業生産が増大した。

スールヤヴァルマン2世

アンコール朝全盛期の王(在位1113~52*項)。ヒンドゥー教のヴィシュヌ神を信仰し、アンコール=ワットを造営した。

アンコール=ワット

アンコール=ワット(都城寺院)は、アンコール朝の代表的な寺院遺跡である。12世紀前半、スールヤヴァルマン2世により、ヒンドゥー寺院として造営されたが、14世紀頃から仏教寺院になった。豪に囲まれた3層の石造建築で、回廊内壁に『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』の場面を表した多くの彫刻がある。

ジャヤヴァルマン7世

ジャヤヴァルマン7世は、アンコール朝の王(在位1181~1220頃)。大乗仏教を信仰し、都城アンコール=トム増築を完成し、道路網を整備した。インドシ上半島全域を版図せんとするなど繁栄したが、王の死後、アンコール朝は衰退に向かった。

アンコール=トム

アンコール=トム(大都城)はアンコール朝の王都遺跡である。ジャヤヴァルマン7世によって9世紀末に創建され、13世紀頃まで増改築がつづいた。1辺約3kmの城壁が築かれ、城壁内に建立された寺院はインド文化の影響を受けている。

滅亡

13世紀後半に衰退にむかい、14世紀後半にベトナムやタイのアユタヤ朝に圧迫されて領土を失った。