『君主論』マキャベリ

『君主論』マキャベリ

イタリアの統一国家をめざし、独裁君主が権力を獲得し、維持する方策を論じたマキャベリの主著。政治は、道徳や宗教とは無関係に、利己的な欲求を持つ人間の相互のあいだに人為的な秩序をつくる営みである。国家の統治という目的のためには、君主は暴力や裏切りなどのいかなる反道徳的な手段をも用いることが許される。また、君主は人の道と獣の道を使い分け、獣の中では狐とライオンに習って、策略のわなを見抜く狐のずる賢さと相手を震え上がらせるライオンの威圧的な力を持たねばならない。このような人を欺むく謀りごとを説く権謀術は、マキャべリズムと呼ばれ、しばしば批判の対象となるが、そこにはリアリズム (現実主義)に基づく冷徹な政治観がある。

『君主論』 マキャベリ

いかに生きているかということ(現実)といかに生きるべきかということ(道徳)は、はなはだしくかけ離れているから、なすべきことのために、現実になされていることを顧みない人は、 我が身を保つよりも、むしろ身の破滅を招くことになる。 (『君主論』 マキャベリ)

『君主論』 マキャベリ

そこで野獣の気性を適切に学ぶ必要があるのだが、この場合、野獣の中でもきつねとライオンに学ぶようにしなければならない。理由は、ライオンは策略の罠から身を守れないし、きつねは狼から身を守れないからである。罠を見抜くという意味では、狐は狼からである。罠を見抜くという意味では狐でなくてはならないし、狼どものどぎもを抜くという点ではライオンでなければならない。…名君は信義を守るのが自分に不利を招く時、あるいは約束したときの動機がすでになくなったときは、信義を守れるものではないし、守るべきものでもない。とはいえ、この教えは人間がすべて良い人間ばかりであれば、間違っているといえよう。しかし人間は邪悪なもので、あなたへの約束を忠実に守るものでもないから、あなたのほうも他人に信義を守る必要はない。(『君主論』 マキャベリ)