聖職売買|金銭で売買された教会職の腐敗

聖職売買

聖職売買は、教会の職(司祭・司教・大司教など)や聖職禄・叙階に関わる権利を金銭や物品と引き換えに授与・取得する不正である。語源は『使徒行伝』に登場する魔術師シモンにちなみ、英語の”Simony”で表される。中世ラテン西欧では9〜12世紀に深刻化し、クリュニー改革とグレゴリウス改革の主要な標的となった。単なる道徳的堕落にとどまらず、聖俗権力・経済・法の交差点に立つ制度的問題として理解されるべき現象である。

定義と射程

聖職売買は、叙階・聖別・司教座の付与、恩給地(ベネフィツィウム)や教会収入の権利、教会職への推挙や推薦状の売買までを含む広い概念である。動機は収入確保・在地支配の強化・一族の地位上昇などであり、授与側の司教・修道院長・世俗君主だけでなく、取得側の聖職志望者・貴族・都市有力者も関与した。聖なる賜物は神の恵みであり売買対象にできないという神学的前提と、教会財産の不可侵という法理に真っ向から反する点が核心である。

歴史的背景―教会と経済の結びつき

9〜10世紀、封建的紐帯の下で教会は荘園と十分の一税に基づく強大な経済主体であった。司教座や修道院は都市や交通の要衝に立地し、在地権力の保護と引き換えに役職が「分配」されやすい環境が生まれた。公的保護が私的保護に変質するにつれ、授与が実質的な売買に転化し、聖職売買は構造的な誘惑となった。

10〜11世紀の展開

王権や諸侯は司教・修道院長を家臣団編成の要として活用し、指輪と牧杖による叙任に政治的意味を込めた。その見返りとして金銭・献納が求められ、都市商人層の成長もあいまって職が市場化した。特にイタリアやロタリンギアでは、都市司教座や富裕修道院をめぐる争奪が顕著であった。

クリュニー改革とグレゴリウス改革

10世紀後半からの修道院刷新は祈りと規律の回復を掲げ、聖職独身制の徹底とともに聖職売買の断罪を先鋭化させた。11世紀のグレゴリウス7世は教皇首位権を強調し、聖職授与を聖域へ戻すべく公会議でシモニアを厳禁とした。これにより、叙任の主導権をめぐる教皇と皇帝・諸侯の対立が決定的となる。

叙任権闘争との関係

叙任権闘争は、誰が司教・修道院長を正当に任命できるかという権限の帰属をめぐる長期抗争であった。カノッサの屈辱に象徴される緊張ののち、1122年ヴォルムス協約は、霊的叙任(指輪・牧杖)と世俗的権利の授与を分離した。これにより公的には聖職売買が抑制され、教会法上の規範が確立した。

教会法と公会議の対応

第2ラテラン公会議(1139)と第3ラテラン公会議(1179)は、金銭介在による叙階・選挙を無効とし、関係者を処罰対象とした。グラティアヌス『教令集』などの教会法は、贈与・宿泊接待・選挙費用名目を含む巧妙な迂回もシモニアとして規定した。結果として規範は精緻化し、監督・訴追の手続も整備された。

事例と同時代批判

ピーター・ダミアニやベルナルドゥスは、聖職の品位を傷つける最大の悪徳として聖職売買を糾弾し、修道的貞潔と清廉な選挙を訴えた。都市コミューンやカテドラル参事会の台頭は、合議的な選挙慣行の普及を促し、候補者審査の厳格化と透明性向上に寄与した。

中世後期から宗教改革へ

13〜15世紀、教皇庁の手数料制度や聖職兼務(コミンダム)は実務上の便宜であったが、境界線は常に脆弱であった。免償符販売は教理上別問題だが、金銭と霊的恩寵の近接は批判を招き、宗教改革期の倫理的論題を構成した。トリエント公会議は司教の常住義務・神学校設置を定め、制度面からの再発防止を図った。

経済・社会史的視点

聖職売買は、単純な腐敗ではなく、資源配分・情報非対称・保護と交換のネットワークが生むインセンティブ問題としても読める。荘園収益・都市税・寄進が結節する場で、名誉や恩顧の贈与が貨幣化し、職が担保化される過程を示している。これは中世の「贈与の経済」と貨幣経済の接合点の一つである。

用語整理

  • シモニア(Simony):聖職売買の神学・法学用語
  • ベネフィツィウム:聖職禄・恩給地の権利
  • 叙任(Investiture):指輪・牧杖による職の授与手続
  • 参事会(Chapter):司教座聖堂の合議機関
  • 公会議(Council):教会規範を定める会議

史料と研究の手がかり

公会議決定・教皇書簡・司教座章典・修道院年代記が主要史料である。近代以降の研究は、規範史・制度史だけでなく、ネットワーク分析や経済史を通じて、授受の微視的メカニズムと地域差を照射してきた。都市化・巡礼・教育の発展が倫理意識を変容させ、聖職売買の社会的許容度を低下させた点にも注目が必要である。

意義

聖職売買の克服は、教会の自律と職務適格の原理(学識・徳・召命)を制度化し、世俗権力との関係を再定義した。叙任権闘争と改革運動の過程で形成された「霊と俗の分有」という近代的ガバナンスの萌芽を理解する上で、本主題は不可欠の鍵概念である。