第二身分
第二身分とは、旧フランス王国における身分制社会で、聖職者からなる第一身分と、平民・市民からなる第三身分のあいだに位置した貴族身分を指す概念である。アンシャン=レジーム期のフランス社会は、身分ごとに法的地位と特権が明確に区分されており、そのなかで第二身分は軍事的奉仕と王への忠誠を条件に、税制上の免除や栄誉的特権を享受した支配層であった。
旧制度社会における第二身分の位置づけ
フランスの旧制度では、国家と社会の秩序は身分制を通じて説明され、王は神から授けられた主権者、その下に聖職者・貴族・平民が階層的に並ぶと理解された。第二身分は伝統的には武装と戦争を担う身分とみなされ、王権を支える軍事貴族としての役割を正当化した。のちに軍事的機能が弱まった後も、彼らは名誉・血統・家名を根拠に社会的優越を主張し続けた。
人口規模と社会的構成
第二身分の人口は全人口のごく一部にすぎず、概ね数%以下と推定される少数支配層であった。その内部には、王家や大貴族からなる宮廷貴族、地方の封建領主として領地を支配する田園貴族、司法・行政官職を購入して身分を獲得した法服貴族など、多様な層が存在した。このように第二身分は一枚岩ではなく、経済力や出自によって内部に格差と緊張を抱えた身分集団であった。
土地所有と封建的支配
第二身分の経済的基盤は、広大な土地所有とそこから得られる地代収入であった。多くの貴族は村落の領主として農民に対し、地代・使用料・領主裁判権など、封建的な諸権利を行使した。こうした関係は封建制の名残であり、農民にとっては重い負担としてのしかかった一方、貴族にとっては特権と生活を維持する重要な資源となった。
第二身分の特権と課税
- 王国の直接税からの大幅な免除
- 高位官職・軍の上級ポストへの優先的任用
- 名誉称号・紋章・狩猟権など象徴的特権
- 農民への封建的賦役・諸税の徴収権
このような特権構造により、第二身分は平民と比べて税負担が軽く、政治的・社会的優越を保った。しかし、それは同時に特権階級としての反感を招き、後のフランス革命期には攻撃の的となる要因ともなった。
王権との関係と政治的役割
第二身分は、中世以来、王の家臣として軍事的奉仕を行ったが、近世に入り常備軍が整備されると、その役割は象徴的なものに傾いた。その一方で、貴族は宮廷社会に集められ、名誉や官職を通じて王に従属しつつも、地方では州三部会や高等法院を通じて王権に対する牽制力も保持した。すなわち、絶対王政の下でも第二身分は、王権との微妙な均衡のなかで政治的影響力を行使したのである。
文化・生活様式と名誉の観念
第二身分の文化は、血統と名誉を重んじる価値観に貫かれていた。宮廷では洗練された礼儀作法やサロン文化が発達し、貴族は舞踏会・狩猟・社交を通じて身分的優越を演出した。教育においても軍事や法律、古典教養が重視され、貴族の子弟は若くして軍隊や行政に入り、家門の名誉を体現する存在と期待された。
第三身分・ブルジョワジーとの対立
近世後期になると、商工業の発展によってブルジョワジーが経済的に台頭し、富裕な市民がしばしば貴族に匹敵する財力を持つようになった。しかし、法的身分の壁は依然として厚く、第二身分は家柄と血統を盾に社会的優越を守ろうとした。この構造的緊張が、平等な法の下での市民社会を求める第三身分の不満を増幅させた。
フランス革命期の第二身分
ルイ16世治世末期、財政危機が深刻化すると、特権身分への課税拡大が議論され、第二身分は自らの特権を守ろうとして抵抗した。他方で、一部の自由主義的貴族は改革を支持し、第三身分と連携して身分制廃止を唱えた。やがてフランス革命の進展によって封建的特権は廃止され、第二身分としての法的身分は消滅したが、その後も旧貴族層は社会的・文化的影響力を長く保持し続けた。