竜山文化
竜山文化は、中国の黄河流域を中心に紀元前3千年紀中葉から後葉にかけて展開した後期新石器時代の文化である。仰韶文化ののちに現れ、城壁に囲まれた集落、薄作りの黒陶(蛋殻黒陶)、版築による土木技術、墓制の差による社会階層化など、後の都市国家形成に連なる複雑化の徴候を示す点に大きな特色がある。分布は山東・河南・山西・陝西の広域に及び、地域ごとに系譜や様式の差異が観察される。稲作と雑穀栽培、家畜の飼養、手工業の高度化が並行し、宗教・祭祀の痕跡も濃厚である。
時代と分布
年代観には学説差があるが、一般に竜山文化は仰韶文化後段を継承し、二里頭文化へと接続する移行期を担うと理解される。中心域は黄河中下流域で、山東半島から河南・山西南部にかけての台地や盆地縁辺に大・中規模の集落が分布する。これらは農耕に適した黄土台地の地形条件と、水利・交通の要衝に位置する点で共通する。各地で土器編年や放射性炭素年代が整備され、地域段階の差をふまえた比較研究が進められている。
考古学的特徴
考古資料は、薄作りの黒色磨研土器と堅固な集落構造に象徴される。高速回転ろくろの活用により、卵殻のように極薄で均質な器壁をもつ「蛋殻黒陶」が作られ、杯・高杯・壺などの器形に洗練が認められる。住居址は方形の竪穴が主だが、地上建物や作業区・貯蔵坑の配置から、機能分化した空間計画が推定される。版築の城壁・壕を備える拠点集落も多く、防御と権威の表象の双方の意味を有する。
- 土器:黒陶・灰陶の併存、磨研と薄作り、実用器と儀礼器の分化
- 建築:版築城壁・環壕、計画的な区画、貯蔵・作業施設
- 道具:石・骨角器の精緻化、玉器の増加、金属の萌芽的使用
- 生業:雑穀(粟・黍)中心に稲作や畜産を組み合わせた複合経済
集落と社会構造
集落は中心部に権威空間を置き、その周囲に居住区・手工業区・貯蔵区を配する層状構造を示す場合がある。墓地では、副葬品数量や品質に顕著な差が見られ、指導層と一般層の分化を示唆する。頭部外傷痕や焼失層は対外的紛争の存在を物語り、城壁・壕の整備は防御と統合の制度化を反映する。こうした階層化と暴力の独占は、首長制から初期国家への移行過程の重要な指標である。
生業と技術
生業は乾地農耕に雑穀作の比重が高く、流域や低地では水田稲作が補完した。豚・犬・牛・羊などの家畜利用が進み、狩猟・採集は補助的役割へと縮小する。土器生産は専業化が進み、高速ろくろ・均質焼成・磨研技術が成熟した。石器は研磨の精度が上がり、骨角器や織布技術も発達した。玉材の加工は儀礼・権威を表す象徴体系と結びつき、エリート層の資源動員力を示す。
宗教・祭祀と象徴
祭祀坑や特殊構造物、選別された動物骨の集中などは、共同体儀礼の存在を示す。祖先祭祀とみられる行為、象徴性の高い玉器や黒陶は、集団の統合と支配の正当化を担ったと考えられる。器形の均質化と意匠の反復は、広域的な価値観の共有や交流ネットワークの存在を暗示する。
周辺文化との関係
竜山文化は、先行する仰韶文化の技術・集落伝統を継承しつつ、城壁化・階層化・儀礼器の精選化などにより一段の複雑化を遂げた。同時期の長江下流域の良渚文化とは玉器・儀礼観に通底性と差異を併せ持ち、地域ごとの生態環境と経済基盤が文化多様性を生んだ。のちに黄河中流で展開する初期青銅時代文化への連続性が指摘され、国家形成の前段階としての位置づけが確立している。
代表的遺跡
広域に多数の拠点集落が分布し、黒陶・城壁・墓制などの資料が体系的に出土する。下記は編年や地域性を議論する際にしばしば参照される地点である。
- 山東省の城子崖遺跡:名称の由来とされる基準的遺跡で、城壁と黒陶が著名
- 山西省の陶寺遺跡:大規模集落と計画的区画、天文観測施設の可能性が論じられる
- 河南省の王湾Ⅲ期関連遺跡:編年枠組みの要となる層位と器物群
- 陝西省の客省荘類型遺跡:西方域における地域的様相の一端
研究史と年代観
20世紀前半に命名・確立されて以降、発掘調査と自然科学的年代測定の蓄積により、地域ごとの類型区分が精密化した。特に黒陶の器形変遷・施文・磨研度は細かな編年指標となり、集落防御施設の構築過程や墓制の差は社会分化の程度を測る物差しとして用いられる。最近は植物・動物考古学、同位体分析、微痕分析などにより、生業複合の実態や移動・交流の範囲が具体的に復元されつつある。
歴史的意義
竜山文化は、地域間の交流網、労働力の動員、象徴体系の共有を通じて、首長制的な政治単位からより恒常的な権力構造へと移行する過程を示す。城壁・祭祀・黒陶といった可視的表現は、権威の演出と共同体統合の二面を担い、のちの都市・王権の成立を準備した。考古学上、この文化は新石器から青銅器時代への橋渡しとして、技術・社会・観念の各面で画期を成す位置づけにある。