百年戦争
百年戦争は、イングランド王国とフランス王国の間で断続的に続いた長期戦争で、一般に1337年から1453年までの約1世紀を指す。開戦の直接要因はイングランド王エドワード3世のフランス王位請求とアキテーヌ(ギエンヌ)支配権をめぐる対立であり、背景にはカペー朝断絶後の王位継承問題、封建的権利関係、英仏経済の結節点となった毛織物・ワイン交易の利害があった。戦争は弓兵・砲兵・常備軍の発達により中世騎士戦から近世的軍事へ移行させ、両国の国家形成と「国民意識」の萌芽を促した点で画期的である。
戦争の区分と基本的展開
百年戦争は、前期(エドワード3世の攻勢)、中期(英仏内乱と勢力流動)、後期(フランス反攻と終結)に大別される。前期にはクレシー(1346年)・ポワティエ(1356年)でイングランドが長弓戦術により勝利し、ブレティニー条約(1360年)で広範な領土譲渡を得た。中期には仏国内でアルマニャック派とブルゴーニュ派が対立し、アジンコート(1415年)で再びイングランドが優位に立ち、トロワ条約(1420年)でフランス王位継承が揺らいだ。後期にはジャンヌ・ダルクの登場を契機にフランスが反攻し、カスティヨン(1453年)で決定的勝利を収め、ギエンヌ喪失によって戦争は実質的に終結した。
王位継承とヴァロワ朝の成立
フランスではカペー朝末に直系男子が断絶し、サリカ法の原理を根拠としてヴァロワ家の即位が正当化された。このためイングランド王エドワード3世は母系を通じた王位請求を主張し対立が深まった。新たな王朝であるヴァロワ朝は領土回復と王権強化を急務とし、課税・軍制整備を進めながら戦争に対応した。
アキテーヌとギエンヌをめぐる領土問題
ガスコーニュを含むアキテーヌは英王にとってワイン貿易の要衝であり、同地の宗主権をめぐる紛争が長期化の要因となった。英仏両王は封建的臣従関係と主権国家の論理のはざまで法理をぶつけ合い、実効支配の回復を目指した。地域史の理解にはアキテーヌ地方およびギエンヌ地方の通商・在地貴族の動向が重要である。
英仏の社会経済と毛織物
フランドルの都市はイングランド産原毛に依存し、英王は毛輸出課税で財政基盤を得た。これが英仏の外交・軍事に影響し、封鎖や通商同盟がしばしば戦局を左右した。経済面の基礎知識としては毛織物の発展と課税技術、都市の自立性が挙げられる。
代表的会戦・条約(前半)
- 1346年 クレシーの戦い:長弓隊と野戦築城が騎士突撃を粉砕
- 1356年 ポワティエの戦い:仏王ジャン2世捕虜、政治危機が深刻化
- 1360年 ブレティニー条約:英王に広大な領土、対価として王位請求一時放棄
代表的会戦・条約(後半)
- 1415年 アジンコートの戦い:泥濘と射撃優位の典型例
- 1420年 トロワ条約:イングランド王の仏王位継承を規定
- 1453年 カスティヨンの戦い:野戦砲兵の決定力、英軍のガスコーニュ撤退
イングランドの政治変容
百年戦争はイングランド議会の課税承認権を強化し、王権と諸侯・都市の交渉関係を制度化した。長期戦費は社会に緊張を蓄積し、王族内対立や軍事貴族の動員構造が変質して、のちの内乱へと連なる。エドワード3世個人の役割についてはエドワード3世の項が詳しい。
フランスの国家形成と三部会
フランスでは王領再統合と徴税体系の恒常化が進み、砲兵隊と要塞網を基盤とする中央集権が形成された。代表制機関である三部会は戦時財政の正統性付与に動員され、危機に際して王権と身分秩序の協調を図った。前世紀の王権伸長過程は、1214年のブーヴィーヌの戦いなどにも遡って理解されるべきである。
軍事技術と戦術の転換
百年戦争期は、長弓・パイクの歩兵重視、野戦築城、攻城砲の整備が顕著である。金銭給付による傭兵化と王直属の常備的部隊が普及し、封建従軍は次第に後景化した。砲兵の発達は城郭戦の様相を一変させ、攻囲よりも制圧の迅速化を促した。
宗教・地域秩序との関わり
仏国内の地域秩序は中世末の宗教運動や南仏統合の歴史と連続している。たとえば王権がラングドックへ伸長する経緯は、13世紀の運動や王権政策と密接である。長期的文脈の把握には、王権の敬虔と司法整備を象徴するルイ9世の統治も参照されたい。
文化的・心理的影響
百年戦争は「国王の戦い」から「王国の戦い」へと意識を転換させ、諸都市・農村にまで帰属意識を波及させた。王国語の普及、王印・紋章の象徴化、英雄像の創出は、のちの王権イデオロギーを支える文化資本となった。戦時宣伝や法廷文書の増加は行政言語の標準化も促した。
参考視角と学習の手引き
百年戦争を学ぶ際は、王位請求の法理、アキテーヌの封建関係、通商と課税、砲兵を中心とした軍制改革の四点を軸に、会戦・条約の年代を骨格として叙述を組み立てると体系化しやすい。関連項目としてヴァロワ朝、エドワード3世、アキテーヌ地方、ギエンヌ地方、毛織物、三部会、ブーヴィーヌの戦い、ルイ9世を参照するとよい。