白居易|平易な言葉で世相描く唐代大詩人

白居易

白居易(772-846)は中唐を代表する詩人であり、字は「楽天」、号は「香山居士」である。早くから科挙に及第し、翰林学士・地方長官などを歴任した。政治・社会の不正や民衆の困苦を鋭く描く諷諫詩と、平明で分かりやすい語り口で知られる「新楽府」を推進し、長編叙事詩「長恨歌」「琵琶行」によって広く名声を博した。官人としては杭州・蘇州における治水や民政の実績を残し、晩年は洛陽の香山寺近くに隠棲して仏教的情趣の濃い「香山詩」を多く詠じた。簡潔明瞭な表現で「文章合為時而著、歌詩合為事而作」を信条とし、詩を社会と結ぶ実践的文学として構想した点に特色がある。[/toc]

生涯

白居易は河南の出身とされ、若くして文名を得て進士に及第した。宮廷では翰林学士として文書起草に携わる一方、政治批判や改革志向を示したため左遷も経験する。とりわけ永貞年間の政変後は江州司馬として辺地に赴き、その時期に共感と批判精神を兼ね備えた代表作を多く生み出した。その後、杭州・蘇州刺史などの要地に転じ、堤防や疏水を整備するなど善政で知られた。晩年は洛陽に退いて香山居士と号し、仏教的静観と老成した人生観を反映する作を重ねて没した。

作品と詩風

白居易の詩風は、平易で朗誦に適し、寓意が明確である点にある。叙事詩「長恨歌」は玄宗と楊貴妃の悲恋を通じて盛唐の栄華と没落を描き、「琵琶行」は辺地で出会った女伶の境遇を通して流寓の哀歓を響かせる。社会詠の領域では「新楽府」運動を推進し、制度や税制、軍費、交通、都市下層の生活など具体的事象を題材に取ることで、詩を時事と接続させた。語彙は口語に近く、比喩は過度に奇抜でないため読者の理解に訴える力が強い。

思想と文学観

白居易は「文章合為時而著、歌詩合為事而作」と述べ、文学が現実の出来事に根差すべきだと主張した。彼の諷諫詩は、倫理的憤りと行政的知見の双方に支えられており、詩を道徳的・社会的教化の媒体と見なす儒家的立場が明瞭である。晩年の香山詩では、無常・慈悲・隠遁など仏教的主題が加わり、情と理の均衡を取る穏やかな境地が展開された。

政治経験と社会批判

白居易は実務官僚としての経験を背景に、租税・輸送・軍役・豪族の専横などを批判的に描いた。「秦中吟」や「新楽府」諸篇では、都市労働者、農民、零落した楽人など社会的弱者の声を詩にすくい上げ、政治の責任を問う姿勢を貫いた。これらの作は宮廷にも届き、時に疎まれ、時に是正の契機ともなった。文学が世俗の救済力を持ちうるという信念が表現の明快さと結びついた点に独自性がある。

受容と影響

白居易の詩は唐代内部のみならず、東アジア全域で広く読まれ、後世の文人に大きな影響を及ぼした。日本では平安期に『白氏文集』が広く流布し、漢詩・和歌・物語文学にまで波及したとされる。中国本土でも宋以降、平明な表現を尊ぶ潮流の中で評価が持続し、説話や戯曲の素材としても定着した。彼と元稹の提携は「元白」と称され、同時代批評の先駆として記憶されている。

代表作(主要詩篇)

  • 「長恨歌」―盛唐の栄華と喪失を歌う長編叙事詩
  • 「琵琶行(并序)」―流寓と芸の哀歓を描く長篇
  • 「新楽府」諸篇―社会制度への諷諫を主題とする連作群
  • 「秦中吟」―都城周辺の生活実態を描写する組詩
  • 香山詩群―晩年の仏教的瞑想と日常感覚を湛える小詩

年表(抄)

  • 772年 誕生。幼時より詩才を示す。
  • 800年前後 進士に及第、官界入り。
  • 9世紀初 翰林学士となるが、政治的対立で左遷。
  • 中期 江州司馬を経て、杭州・蘇州で善政を施行。
  • 晩年 洛陽香山に隠棲し、香山詩を多作。
  • 846年 没。以後、東アジアで不朽の詩人として受容。

評価

白居易の価値は、宮廷詩・都市詩・田園詩・諷諫詩を横断し、易読性と公共心を結び付けた点にある。技巧に溺れず、事象の核心を掴む叙述と旋律的な調べを兼ね備え、文学の社会的機能を説得的に示した。その平明さは単なる浅薄さではなく、対象の実相を捉えるための選択であり、後代の現実主義的潮流に理論と言語の両面で礎を据えたと言える。