漢民族
漢民族は、中国大陸を中心に広く分布する最大の人口集団であり、言語・文字・生活文化・祖先祭祀・親族制度などの共有された慣習を通じて歴史的同一性を形成してきた集団である。呼称は時代により変化し、古くは「華夏」や「漢人」、域外では「華人」なども用いられる。中原の農耕民を基層に、王朝交替と南北移住、辺境との通商・通婚、異民族政権との併存・融合を重ね、政治的統合と文化的連続性の双方が重層的に蓄積した点に特徴がある。宗教面では儒教・道教・仏教の習合、社会面では父系姓と家譜・宗族、祭祀と礼の重視、年中行事や食の地域差の豊かさが顕著である。
呼称と自己認識
「漢」の名は漢代の政治的・文化的威信に由来し、以後、広域に拡張する政治空間とともに通用した。自称としては華夏・漢人・漢族・華人が併存し、国外居住者には「華僑」や「華裔」などの呼び分けがある。近代以降、国民国家形成の過程で「民族」という枠組みが導入され、漢民族という概念が学術・行政上の用語として定着した。他者との境界は固定的ではなく、言語・礼制・生活習慣の共有度合いによって歴史的に調整されてきた。
言語と文字
漢民族の言語はシナ語派に属し、多様な音韻・語彙・文法をもつ方言群(官話系、呉語、粤語、閩語、客家語、湘語、贛語など)から成る。相互理解度は一様でなく、行政・教育・メディアの共通語としては普通話が普及している。文字は表語的性格の強い漢字で、歴史的には篆・隷・楷の書体的展開を経て、近代には繁体字と簡体字の二系統が用いられる。古典文から白話文への転換は近代教育・出版の拡大と結びつき、文学・学術の大衆化を促した。
歴史的形成
基層には黄河流域の定住農耕社会があり、政治統合の進展とともに制度・法・度量衡・文字の標準化が進んだ。中世には戦乱と政権交替を背景に北から南への移住が繰り返され、江南の開発と都市・商業の発展を促した。鮮卑・契丹・女真・モンゴル・満洲などの政権は、征服と統治の過程で漢民族の制度・文書・官僚制を取り込み、逆に被支配者側の文化もまた支配層に影響を与えた。結果として、同化と多元性が併存する歴史的層序が生まれた。
社会構造と生活文化
父系姓と家譜に裏打ちされた宗族組織、祖先祭祀と位牌、冠婚葬祭における礼の重視は、漢民族社会の秩序原理である。食文化は小麦・米・雑穀を基盤に、麺・餃・粥・点心など多様な形式を発達させ、醤・酢・油・茶を要に地域差が顕著である。住居は気候・経済・材料に応じて四合院や民居のバリエーションを持ち、工芸・服飾・音楽・戯曲などの表現文化も地域ごとに花開いた。都市化の進展は伝統的共同体の枠組みに再編を迫ったが、年中行事や家族儀礼は今なお生活の核に位置する。
宗教と思想
儒教は倫理・家族・政治の規範を与え、道教は養生・宇宙観・祭祀を体系化し、仏教は来世観・慈悲・修行の枠組みを提供した。三者は長期にわたり習合し、民間信仰や地方神祇と密接に結びついた。祖先崇拝は世代連続の意識を支え、書物の学習と科挙的教養の重視は社会的上昇と徳治の理想を接続した。近現代には宗教実践の多様化や世俗化が進み、信仰は個人・地域・法制度の三層で再配置されている。
地理的分布とディアスポラ
漢民族は中国国内の多数を占める一方、華南沿岸からの移住史を背景に東南アジアをはじめ世界各地に広がる。交易・商業・手工業のネットワークは方言・地縁・郷団を基礎に構築され、教育・慈善・廟会などを介してコミュニティの結束を維持してきた。現代では企業活動・留学・専門職を通じた移動が増え、出身地と居住地を結ぶ往来が常態化している。
近現代の変容
近代の国民国家化は、漢民族の枠組みを行政・教育・統計に組み込み、言語政策や文字改革を通じて情報空間の統一を図った。大量移動と都市化は家族・宗族・職能の関係を再編し、教育の拡大は科挙型教養の伝統を別様に継承した。市場経済とグローバル化は消費・価値観・ライフスタイルに新たな選択肢をもたらし、デジタル技術は方言・文化資源の保存と変容を同時に進めている。
少数民族との関係
多民族国家の枠組みにおいて、漢民族は人口・経済・行政の中核を担いつつ、周縁地域と交易・婚姻・信仰・軍事・開発で相互作用してきた。文化の影響は双方向的であり、装飾・食・音楽・語彙などに痕跡が残る。均質化への懸念や差異の尊重といった論点は、歴史・法制度・地域事情をふまえた継続的調整を必要とする。
名称と表記の多様性
呼称は文脈により「漢人」「漢族」「華人」などが使い分けられる。国外文脈では国籍・民族・文化的所属の指標が交差し、同一語でも指示対象が揺れうるため、歴史的経緯と地域的慣行を踏まえた丁寧な用語運用が求められる。いずれにせよ、自己理解と他者理解の往還の中で、漢民族の名は歴史的経験と文化的実践の集積を指し示している。