李白
李白(701-762)は盛唐を代表する詩人であり、「詩仙」と称される。大胆な誇張と奔放な想像、清新な比喩と音律の妙を兼ね備え、酒と自然、友情と宇宙観を結びつけた浪漫的詩風で知られる。蜀に育ち、諸州を遍歴して山水と名士に交わり、長安で玄宗に召されて翰林に近侍したのち失脚・流放を経験した。政治の波に翻弄されつつも、山水・道教・侠の気風を詩に昇華し、杜甫・王維とともに唐詩の頂点を形成した。代表作には「将進酒」「静夜思」「蜀道難」「行路難」「早発白帝城」「月下独酌」「黄鶴楼送孟浩然之広陵」などがあり、後世の文学・書画・教育に決定的影響を与えた。李白の作品は華麗さと自由闊達さを内に秘めた規律によって支えられ、盛唐の気風そのものを体現する。
生涯
李白の出自は西域系の説と蜀出身の説が併存するが、少年期を蜀中で過ごし、早くから剣術と文辞に長じた。二十代から各地を遊歴して名山大川を訪ね、名士と交わり、多くの贈答詩・行旅詩を残した。天宝年間、長安に召され玄宗の側近に列したが、宮廷詩作や権臣との確執から退去し、再び放浪へと戻る。安史の乱期には政治的混乱に巻き込まれて流罪となり、夜郎への配所に向かう途中で恩赦を受ける。晩年は江南に寓し、当塗で没したと伝えられる。生涯を通じて、山水と酒、交友と超越への希求が詩境を広げ、歴史的激動がその詩情に陰影を与えた。
作風と思想
李白の詩は、豪放さと清澄さの交響である。誇張法と飛躍的想像により、星辰や銀河をも比喩に取り込み、広大な宇宙と人の感情を直結させる。道教的な逍遥観は俗世の束縛を離れる心情として表現され、酒は解脱の媒介として登場する一方、国家の興亡や人生の無常に触れる叙情は鋭敏で、痛切な憂いを帯びる。絶句・律詩・古体詩を自在に操り、音調の軽やかさと句法の伸縮で独自の「飛翔」感覚を生んだ。
代表作と主題
- 「将進酒」:酒を通じて人生の短さと豪気を謳い、世俗の拘束を笑破する。
- 「静夜思」:平明で簡潔な語から、郷愁の普遍感情を凝縮する。
- 「蜀道難」:険阻な道程を誇張的想像で描き、政治批評の含意を忍ばせる。
- 「行路難」:仕途の障碍を嘆きつつ、意志の再起を誓う反復構造が力強い。
- 「早発白帝城」:爽快な推進力と明快な視覚像で旅の解放感を描く。
- 「月下独酌」:孤独と超越の合一を酒と月の寓意に託す。
- 「黄鶴楼送孟浩然之広陵」:友情の別離を清澄な景と調べで結晶させる。
交友と文学的ネットワーク
李白は孟浩然・賀知章・王昌齢らと交わり、詩壇の交流の中で表現領域を拡張した。とりわけ杜甫とは互いの才を尊び合い、唱和や相互言及によって詩学的対話を形成した。王維の静謐な山水詩学に対し、李白は飛躍と光彩で応じ、三者の対照は盛唐詩の多様性を示す。こうした人的ネットワークは、贈答詩・詠史詩・紀行詩の発展に資した。
表現技法と音律
比喩の規模とスケール感は李白の真骨頂である。天文・地理・歴史典故を巨視的に組み合わせ、語彙を伸縮させて句中に運動を生む。古体詩では句数・字数の自在を活かし、律詩では平仄と対句の均衡に軽妙な逸脱を混ぜることで、規律と自由の緊張を作る。押韻は清新で、音価の明滅により映像と感情の転換点を印象づける。
思想史・宗教観との関係
李白は儒・道・仏の三教を横断しつつ、とりわけ道教の神仙思想に親和を示した。超俗を希求する語りは放浪・登臨・仙境イメージと結び、現実批評と理想追求の二重性を生む。国家と君臣への倫理意識を失わず、乱世の嘆を内包する点で、単純な逃避ではなく、倫理と自由の均衡を探る実存的模索といえる。
伝説・逸話
「月に酔い水に映る影を抱いて溺れた」という最期の伝説は象徴的であるが、史実としては確証しがたい。他方、「贈汪倫」に見える深い友情、名山大川の登臨譚、即興の詩才をめぐる逸話は多く伝わり、李白像の形成に寄与した。伝説は誇張だが、詩境が現実を超える跳躍を志した事実を物語る。
後世への影響と受容
宋以降、『全唐詩』などの叢書において李白の評価は確立し、明清でさらに神格化された。日本でも『唐詩選』や漢詩教育を通じて広く普及し、能・俳諧・近代詩にまで影響が及ぶ。書画題材としても人気を博し、「詩仙」イメージは東アジア文化の共有資産となった。版本・校注は多岐にわたり、近現代の注釈研究は語彙・韻律・思想史の相互参照を深化させている。
作品読解の要点
- 誇張・飛躍の背後にある倫理的緊張を読む。
- 音律の推進力が景と情の転換を生む箇所を特定する。
- 道教的超越と現実批評の二重性を見極める。
- 贈答・紀行という具体的状況を踏まえ、語りの姿勢を復元する。