望厦条約|清と米の不平等通商条約

望厦条約

望厦条約は、清朝とアメリカ合衆国との間で締結された最初の本格的な通商条約であり、アヘン戦争後の対中不平等条約体制の一部を構成するものである。清の対英講和である南京条約ののち、清が欧米諸国と結んだ一連の欧米諸国との条約の中に位置づけられ、治外法権や固定関税など、のちの東アジア国際関係に大きな影響を与える諸原則を含んでいた。

締結の背景

望厦条約が結ばれた背景には、イギリスとのアヘン戦争の結果として清が敗北し、南京条約で港湾開港や香港島の割譲、関税の制限などを受け入れたことがあった。これに対し、太平洋を挟んで中国貿易への参加を拡大しようとしていたアメリカ合衆国は、イギリスに劣らない通商上の権利を確保する必要から、自国に有利な条約締結を清朝に求めたのである。

  • 望厦条約は、対英講和によって開かれた中国市場にアメリカが参入するための外交的手段であった。
  • 条約交渉は、マカオ近郊の「望厦」村周辺で行われたため、この名称が用いられるようになった。

条約締結の過程

望厦条約の交渉は、米国側全権公使カニング(ケイレブ・クッシング)と、清朝側の高官である耆英らによって行われた。イギリスとの南京条約やその後の五港通商章程虎門寨追加条約で既に多くの譲歩をしていた清は、アメリカに対しても同様の優遇を与えることを拒みにくく、結果としてイギリスに準じた内容にアメリカ独自の利点を加えた条約が成立した。

条約の主要内容

望厦条約は、通商の枠組みだけでなく、司法権や宗教活動など多岐にわたる規定を含んでいた。その内容は、のちに日本など東アジア諸国が結ばされる不平等条約の原型ともなる性格を有していた。

  1. アメリカ人に対する治外法権領事裁判権の承認。清の法廷ではなく、米国領事が犯罪・民事事件を裁く制度が整えられ、清の主権が大きく制限された。
  2. 関税率の固定化と、清の関税自主権の制約。アメリカ側の商品に対する関税率は条約で定められ、清が一方的に引き上げることはできない仕組みが導入された。
  3. アメリカに対する最恵国待遇の付与。他国に対して将来さらに有利な条件が与えられた場合、アメリカにも自動的にその利益が及ぶと定められた。
  4. 中国側港湾の利用と居留許可。アメリカ船は開港場である上海などに入港し、居留地を設ける権利を得た点で、イギリスとの五港通商章程に近い性格を持った。
  5. キリスト教宣教活動に対する一定の容認。宣教師の保護や布教活動の範囲に関する規定が置かれ、のちの宣教師活動拡大の足がかりとなった。

清朝側への影響

望厦条約は、清がイギリスだけでなく複数の西洋諸国に対して同様の譲歩を重ねる出発点となり、結果として多国間にまたがる不平等条約体制を固定化させた。治外法権や固定関税は、国内統治や財政運営に深刻な制約を与え、清の主権侵害として国内からの批判を招く要因ともなった。

アメリカ合衆国側の意義

望厦条約によってアメリカ合衆国は、中国市場においてイギリスと同程度の地位を確保し、太平洋を経由する貿易路の拡大や捕鯨・東アジア航路の補給基地の確保を進めることができた。さらに治外法権領事裁判権最恵国待遇の獲得は、のちに日本を含む他地域でアメリカが要求する条約内容のモデルともなり、東アジア外交における標準的な枠組みを形成した。

東アジア国際秩序における位置づけ

望厦条約は、イギリス主導で形成されつつあった対中条約体制にアメリカが組み込まれていく過程を示すとともに、列強が清朝の主権を段階的に制限していく構造を象徴する条約である。こうして確立した条約モデルは、のちに日本や朝鮮など東アジア諸国にも波及し、これらの地域でも関税・司法権の制限を内容とする不平等条約が締結される一つの先例となった点に歴史的意義がある。