官戸
官戸は中国史における戸籍身分の一類型で、官に奉仕する家産・家格をもつ戸、もしくは官人身分と密接に結びついた戸を指す。宋代には戸籍管理と賦役運用の基礎単位である「戸」が細分化され、そのなかで官戸は一般の民戸とは異なる負担・特権を帯びた。形成の背景には、科挙の拡大と文治政治の進展、さらに蔭補・蔭叙による官人層の再生産があり、国家が財政・軍事・行政を安定化するために戸籍を機能的に区分した結果として位置づけられる。
用語の定義と区分
官戸は、民間の一般戸である「民戸」と区別され、しばしば「軍戸」「匠戸」などと並置される。すなわち、軍事サービスを担う戸、工匠職を担う戸と同列に、官人的職務・官府事務と結びついた戸籍単位として理解される。戸籍上の区分は税・役の割当や免除、訴訟・監督権限の所在を規定し、行政の実効性を高めるための制度装置であった。
成立背景
宋代は科挙合格者の大量輩出と官僚機構の膨張が特徴で、これにより官人層が都市を中心に厚く堆積した。彼らの家は官職・品階・俸給体系と連動し、戸籍上も特別の扱いを受けやすかった。加えて蔭補制度により、官人の子弟は一定の条件で任官資格を得られ、家としての継続的官人化が進む。こうした構造が官戸というカテゴリーの社会的・法的実体を支えた。
権利・特権
- 賦役面での軽減・代替措置:里正・差役の直接負担を外し、役銭による代納を認めるなど、労役からの相対的解放がみられる。
- 財産・相続上の便益:官人家産の保全を志向する法解釈が働き、俸給・官物との結びつきが生活基盤の安定に寄与した。
- 社会的信用:官府との近接性は市舶・塩鉄・金融への参入で優位に作用し、都市における上層層の形成を促した。
義務・登録管理
官戸は全面的な免役ではなく、戸等級・資産・職掌に応じた納課と公的奉仕を課された。戸帖・黄籍などの登録が厳格に管理され、虚偽申告や他区分への不正移動には制裁が加えられた。国家は監督権限を通じて、官人家の特権が財政基盤を損なわないよう調整した。
形勢戸との関係
宋代都市社会では、財力・人脈・情報で優位に立つ形勢戸が台頭し、しばしば官戸との境界が流動化した。形勢力をもつ富裕層が官との連携を強めることで、賦役負担の軽減や訴訟上の優越を得る事例が現れ、地域共同体に負担の偏在を生んだ。国家は役法の再編や監査強化でこれを抑制しようとしたが、都市発展とともに緊張は持続した。
税制・役法との接点
宋財政は現物・労役から貨幣的負担へ比重を移し、差役の代替として免役銭・役銭の運用が広がった。官戸はこの貨幣化と相性がよく、俸給収入や官契約によって金銭を調達しやすい。結果として、名目的には平等な賦課でも、実態では貨幣入手環境の差が負担感の格差を生んだ。これが市場拡大と国家財政の安定化を促しつつも、階層分化の加速という逆機能も併発した。
都市と地方の配置
官戸は開封・臨安のような政治・商業中心に集中し、学校・書院・官衙周辺に居住する傾向があった。他方で地方州県にも判官・主簿・吏員の家が存在し、郷里の利害調整や訟務処理で影響力を行使した。都市では文化消費・学術活動の担い手となり、地方では徴税・治安・基層統治の仲介者として機能した。
社会的影響
官戸の存在は、官僚制の持続的運転に不可欠な人的基盤を供給した反面、特権の固定化が社会的流動性を抑制する側面を伴った。科挙は形式上の開放性を維持したが、教育投資や人的ネットワークの偏在により、上昇経路は家格のある戸に集中しがちであった。これが都市の知的活力を生んだ一方で、地域間・階層間の不均衡を増幅させた。
時代的変遷
北宋から南宋にかけては戦乱・領域縮小により財政技術の洗練が進み、官戸の特権も度々再編された。元・明では戸籍区分の名称と内容が変容し、軍戸・匠戸・民戸などが前面に出るが、官人家産の保護と賦役調整という発想自体は継承された。呼称は異なっても、「官に結びつく家」を別立てで把握する統治技術は長期的連続性をもつ。
史料・研究上の留意
史料上の官戸は地域・時期で意味幅があるため、戸籍志・食貨志・職官志など複数部門の記述を突き合わせる作業が要る。用語は漢籍・金石文・契約文書でも揺れ、guanhuの英訳も一義的ではない。研究では科挙社会史・財政史・都市史の交差点に位置づけ、俸給制度、役法の貨幣化、家族戦略(蔭補・婚姻・教育投資)を連関させて検討することが重要である。