奴隷制度廃止
奴隷制度廃止とは、近世から近代にかけてヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国が法的に奴隷身分を消滅させ、人間を売買・所有の対象とする制度を終わらせていった歴史的過程である。大西洋をまたぐ黒人奴隷貿易とプランテーション経済の発展によって拡大した奴隷制度は、啓蒙思想やキリスト教的人道主義、さらには自由主義・国民国家形成の流れの中で批判され、段階的な改革として終焉へ向かった。奴隷制度廃止は単なる法改正にとどまらず、人権概念や平等思想の定着と深く結びついた事件であり、近代世界史の転換点をなす出来事である。
奴隷制度の拡大と大西洋奴隷貿易
大航海時代以降、ヨーロッパ諸国はアフリカからアメリカ大陸へ大量の黒人奴隷を輸送し、サトウキビや綿花などのプランテーションで酷使した。この大西洋三角貿易のなかで、奴隷は商品として売買され、植民地経済と宗主国の富の源泉となった。こうした構造に対し、18世紀後半からは人道主義的批判が高まり、まずは黒人奴隷を新たに輸入する行為を禁じる奴隷貿易禁止運動が台頭し、のちの奴隷制度廃止の前段階となった。
思想的背景―啓蒙思想と人道主義
奴隷制度廃止の背後には、啓蒙思想に由来する自然権思想や人間平等観があった。人間は生まれながらに自由で平等であるという理念は、身分制だけでなく奴隷制度にも重大な疑問を投げかけた。また、キリスト教的隣人愛を重視するプロテスタント系教派やクエーカー教徒は、黒人奴隷の扱いを神への冒涜とみなし、早くから廃止運動の担い手となった。19世紀初頭のイギリスでは、こうした思想的潮流が議会政治の発展と結びつき、後のイギリスの自由主義的改革の一環として奴隷制度廃止が位置づけられていく。
イギリスにおける奴隷制度廃止
奴隷制廃止の先駆けとなったのはイギリスである。まず1807年に奴隷貿易が禁止され、ついで1833年にはイギリス帝国全域で奴隷制自体を廃止する法律が制定された。この過程では、世論を動員した宗教家・実業家・政治家が請願や出版活動を展開し、議会に圧力をかけた。同時期に進められた選挙制度の改革や審査法の廃止、カトリック教徒解放法などと同様、イギリスの奴隷制度廃止は自由主義的改革の一部として理解される。
自由主義的改革との連関
イギリスにおける奴隷制度廃止は、宗教的・政治的平等を求める広範な運動と連動していた。アイルランド出身の政治家オコンネルは、カトリック教徒の参政権獲得運動を通じて、帝国支配の在り方を問い直した人物であり、その成果であるカトリック教徒解放法は、奴隷解放と同じ文脈で人権拡大の一里塚をなす。こうした改革は、議会制と自由主義を柱とする19世紀イギリス社会の性格を形づくり、帝国内での人種・宗教差別を緩和していく方向性を示した。
フランスと植民地における奴隷制度廃止
フランスでも、革命期に人権宣言が採択されると、植民地奴隷制に対する批判が強まり、一時は奴隷制が廃止された。しかしナポレオン期に一部が復活し、本格的な奴隷制度廃止は19世紀半ばを待たねばならなかった。1830年の革命によって成立した七月王政のもとで国王となったルイ=フィリップは、経済的利害から植民地改革に慎重であり、奴隷制問題の解決を先送りした。その後、1848年革命で第二共和政が成立すると、ようやくフランス帝国全域で奴隷制が廃止され、共和国の理念に見合う制度的整備が進められた。
アメリカ合衆国の奴隷解放
アメリカ合衆国では、南部諸州の綿花プランテーションを支える黒人奴隷制が存続し続けたため、奴隷制度廃止は激しい国内対立を伴った。北部の奴隷制反対派や黒人解放運動家は、奴隷制を民主主義の原理に反する制度とみなして廃止を訴えたが、南北の対立はやがて南北戦争へと発展した。戦争の過程でリンカン大統領は奴隷解放宣言を発し、戦後には合衆国憲法修正によって奴隷制が公式に廃止された。しかし、法的な奴隷制度廃止後も人種差別や隔離政策は長く残存し、解放の理念と現実との乖離が問題となり続けた。
奴隷制度廃止と19世紀国際政治
奴隷制度廃止は各国の国内改革だけでなく、国際政治にも影響を与えた。イギリスは海軍力を背景に奴隷貿易の取り締まりを国際的に推進し、条約によって他国にも貿易禁止を求めた。これは帝国の道徳的威信を高めると同時に、海上覇権を維持する手段でもあった。また、1830年の革命で独立したベルギーの独立や、その後の立憲政体の形成など、ヨーロッパ各国の政治体制の変化も、自由・平等の原理を掲げるうえで奴隷制の存続を正当化しがたくする方向に働いた。
奴隷制度廃止の歴史的意義
奴隷制度廃止は、世界史における人権拡大の大きな画期であり、近代国家が自らの正統性を自由・平等の理念に求めるようになったことを示している。しかし同時に、制度の廃止がただちに差別や不平等の解消を意味しなかったことも重要である。植民地支配や人種主義的思想は20世紀に至るまで存続し、奴隷制に代わる形で労働搾取や社会的排除が続いた。ゆえに奴隷制度廃止は終点ではなく、人間の尊厳をめぐる長い闘争のなかの一段階として位置づけられ、今日に至るまでその歴史的経験から問い直しが行われている。