国民国家
国民国家とは、特定の領土を共有する人びとが、共通の「国民」として自己を認識し、その上に近代的な主権国家が成立した政治形態である。中世の封建制的な支配や、王朝の血統に依拠した「王朝国家」と異なり、近代の国民国家は、国民全体を主権の担い手とみなし、法律上は平等な市民から構成される国家として理解される。この概念は、世界史・政治学・社会学など多くの分野で用いられ、フランス革命やナショナリズムの展開と深く結びついている。
定義と基本的特徴
国民国家は、国家の境界と「国民」の範囲がほぼ重なっていると想定される政治体制である。ここでいう国民とは、単に支配を受ける住民ではなく、国家の構成主体としての市民や民族集団を意味する。近代以降の国民国家には、主に次のような特徴が指摘される。
- 明確に画定された領土をもち、その内部に排他的な主権を行使する。
- 共通の法体系と行政組織によって、国民を一元的に統治する。
- 国民という名のもとに政治的忠誠心やアイデンティティが形成される。
このような枠組みのもとで、個々人は「臣民」ではなく、市民として国家と結びつけられる。その思想的背景には、自由主義や近代的な人権思想が存在する。
歴史的成立過程
国民国家の歴史的起源については諸説あるが、多くの場合、宗教戦争を終結させたとされるヨーロッパのウェストファリア体制と、18世紀末からのフランス革命に象徴される政治変動が重要視される。絶対王政期には王権を中心とする集権化が進んだものの、その主権の担い手はなお王家であった。これに対して革命後のフランスでは、主権は「国民」に属するという理念が前面に出され、徴兵制や国旗・国歌などを通じて、国民の統合が意図的に進められた。
19世紀には、ウィーン会議後の保守的秩序である「ウィーン体制」に対し、民族統一や自由を求める運動が各地で高まり、ドイツ連邦やイタリアなどで統一運動が展開した。こうした動きは、ウィーン体制の動揺と呼ばれ、最終的に新たな国民国家の誕生へとつながっていく。
国民意識とナショナリズム
国民国家を支える重要な要素がナショナリズムや民族主義である。ナショナリズムは、共通の言語・文化・歴史・宗教などを共有する集団が、自らを一つの「国民」として意識し、その国民にふさわしい政治的枠組みを求める思想・運動である。近代ヨーロッパでは、民族的統一や独立を掲げる運動が、しばしば国民国家の形成と結びついた。
一方で、ナショナリズムは他民族や他国家との対立・排除を生む危険も内包している。19世紀後半の列強による帝国主義的膨張や、第1次世界大戦にいたる過程には、強力なナショナリズムが背景にあったとされる。このように、国民国家は統合と分断の両面をもつ構造である。
自由主義と市民的平等
近代の国民国家は、単に民族的な連帯だけでなく、法の下の平等や所有権の保障など、自由主義思想とも結びついて成立した。身分制社会を否定し、国民を平等な市民として扱うという理念は、徴税・徴兵・教育といった国家の諸政策を正当化する根拠ともなった。代表制議会や選挙制度の整備も、国民を政治的主体として組み込む装置である。
もっとも、実際には性別・財産・人種などを理由とした選挙権制限が長く残存し、形式上の国民と、実質的な政治参加を許される市民との間には差異が存在した。20世紀にかけて普通選挙が広がる過程は、国民国家の内部で市民的平等を拡大する歴史とみなすことができる。
軍事・経済と行政機構
徴兵制と常備軍
国民国家は、国民を兵士として動員する徴兵制を通じて、巨大な常備軍を維持するようになる。フランス革命期の国民皆兵の理念は、その典型であり、後にプロイセンや他のヨーロッパ諸国もこれに倣った。軍事力の増大は国家間競争を激化させ、パックス=ブリタニカと呼ばれる19世紀の国際秩序も、背後には軍事・海軍力の均衡が存在していた。
官僚制・教育・統計
徴税・治安維持・インフラ整備などを担う官僚制は、国民国家の中核的装置である。全国的な学校制度や徴兵検査、国勢調査などによって、国家は国民を把握・分類し、「国語」を普及させることで統合を進めた。こうして、さまざまな地方社会や方言集団が、単一の国民として再編成されていく。
国際秩序と国民国家
国民国家が地球規模で拡大したのは、19世紀以降のヨーロッパ列強による植民地支配と、その後の独立運動を通じてである。神聖同盟や列強間の同盟関係は、ヨーロッパの国際秩序を維持する役割を果たしたが、同時に国民的自決を求める運動の抑圧にも用いられた。20世紀には、植民地帝国の解体とともにアジア・アフリカの多くの地域で新たな国民国家が誕生した。
今日の国際社会は、原則として主権をもつ国家の集合として構成されている。国際連合は加盟国を単位とし、多くの国際条約も国家を主体として締結される。この意味で、現代の国際秩序は国民国家を前提とする体制であるといえる。
現代における国民国家の変容
20世紀後半以降、グローバル化や地域統合の進展により、国民国家の在り方は変容を迫られている。経済活動や情報の流通は国境を越えておこなわれ、多国籍企業や国際機関が大きな影響力を持つようになった。一方で、地域的なアイデンティティや新たな民族運動が台頭し、既存の国民国家の枠組みが揺らぐ場面もみられる。
それでもなお、選挙や税制、福祉政策、安全保障など、多くの制度は依然として国民国家を単位として構築されている。国民と国家の関係をどのように再編していくのかという問題は、歴史学だけでなく、政治学・社会学にとっても重要な研究課題であり続けている。