反革命政権
反革命政権とは、既に進行した革命や急進的な社会変革の流れに対抗し、それを抑圧・逆転させようとする勢力によって樹立された政権を指す用語である。しばしば旧支配層や保守勢力、諸外国の支援を受けて成立し、革命によって導入された民主化・土地改革・社会主義的政策などを撤回し、旧来の政治秩序や所有関係の回復を目指す。とりわけロシア革命期やフランス革命期の事例が典型として取り上げられ、近代ヨーロッパ史や世界史において重要な分析概念となっている。革命勢力の側から付けられた評価的な呼称である点にも注意が必要である。
用語の意味と歴史的背景
反革命政権という語は、基本的に「革命を否定し、その成果を巻き戻そうとする政権」という評価的意味合いをもつ。近代以降、絶対王政打倒や共和制樹立、社会主義革命などが相次ぐなかで、革命に敗れた旧支配勢力が武力・外交・陰謀を通じて権力の奪還を図り、一時的または長期にわたって政権を掌握するケースが多数見られた。マルクス主義史学では、そのような政権を階級闘争の観点から反革命政権と位置づけ、革命の進展を妨げる勢力として批判的に描写してきた。一方、保守的な立場からは、これらの政権を「秩序回復」や「無政府状態の収拾」と肯定的に理解することもあり、呼称自体に政治的立場の違いが反映している。
ロシア革命における反革命政権
20世紀初頭のロシア革命は、反革命政権という概念が頻繁に用いられる代表的事例である。1917年の2月革命によってロマノフ朝が倒れた後、臨時政府が樹立されたが、ボリシェヴィキはこれを資本家・地主寄りの政権として批判し、10月革命によってソヴィエト政権を樹立した。ソヴィエト政権が成立すると、これに対抗して各地で旧帝国官僚、貴族、大土地所有者、コサック首長らが結集し、いわゆる「白軍」が各地に政権を樹立した。シベリアのコルチャック政権や南ロシアのデニーキン政権などは、ソヴィエト史学において典型的な反革命政権と位置づけられ、革命の成果を覆し、地主制・資本制を回復しようとした試みと理解されたのである。
白軍政権と外国勢力の関与
ロシア内戦期の白軍系反革命政権は、国内の旧支配層だけでなく、英仏米日など協商諸国の支援を受けていたとされる。第一次世界大戦からの離脱をめぐるブレスト=リトフスク条約締結後、連合国はソヴィエト政権を脅威とみなし、軍事物資や義勇軍の派遣によって白軍勢力を後押しした。これらの政権は、土地再分配や労働者統制といった革命的改革を否定し、中央集権的な権威主義体制の再建を志向した点で共通していた。しかし、農民・兵士の支持を広く獲得することができず、内戦の趨勢が赤軍優位に傾くとともに崩壊していった。この過程は、革命政権と反革命政権との力関係が、社会的支持基盤の広さと動員力によって左右されることを示している。
フランス革命と反革命政権
18世紀末のフランス革命でも、反革命政権と呼びうる体制がいくつか存在したと理解されている。王権を維持しようとしたルイ16世政権や亡命貴族勢力は、革命側から「反革命」とみなされ、各地で農民反乱や王党派蜂起を引き起こした。さらに、ジャコバン独裁体制が崩壊したテルミドール以降の総裁政府、そしてナポレオンによる統領政府・帝政は、急進的な民主化や平等の推進を抑制し、秩序と統制を重視する方向へと舵を切ったため、後の歴史家から「革命の収束」や「反革命的転回」と評されることがある。1814年以降のブルボン朝復古は、旧王政の原則を部分的に回復しようとした点で、典型的な反革命政権の一例とみなされる。
他地域における反革命政権の展開
19世紀のヨーロッパでは、1848年革命など自由主義・民族主義運動が高揚するたびに、それを弾圧し旧秩序を維持しようとする体制が各地に現れた。プロイセンやオーストリア帝国では、自由主義的議会を一時的に容認しつつ、その後軍事力と官僚機構を用いて運動を抑え込み、君主権を再強化する政策がとられた。これらの体制も、自由主義者や社会主義者からは反革命政権と批判された。また、20世紀に入ると、社会主義革命や急進的民主化に対する反動として、ファシズムや軍事独裁が生まれることがあり、これらを広義の反革命体制として位置づける見解も存在する。思想史的には、哲学者サルトルやニーチェが論じた近代社会の危機意識と関連づけて、革命と反革命の循環が分析されることもある。
反革命政権の一般的特徴
反革命政権には、歴史的事例ごとの差異を踏まえても、いくつか共通する特徴が指摘される。
- 革命による体制変革を否定し、旧支配層の権益・特権の維持、または回復を目指す傾向が強い。
- 軍隊・警察・官僚機構など、旧体制から継承した統制装置に依拠し、強権的な秩序維持を行うことが多い。
- 土地改革や労働者保護といった社会改革を後退させ、所有権や契約の原則を重視する政策を打ち出す。
- 宗教勢力や保守的知識人と結びつき、「伝統」「家族」「国家」などの価値を強調するイデオロギーを掲げることがある。
- 外国勢力の支援を受けつつ成立・維持される場合も多く、その場合には国内的正統性が弱くなりがちである。
これらの特徴は、社会を一定の枠組みの中に固定しようとする力として比喩的に語られることもあり、社会秩序を締め付けるボルトにたとえられることすらある。この比喩に関連して、機械要素としてのボルトのような「固定装置」のイメージが用いられることは、政治体制が変革と固定の力学のなかで理解されていることを示している。
歴史学における評価と概念上の注意点
歴史学において反革命政権という語を用いる際には、それが価値中立的な記述ではなく、一定の政治的・思想的立場からの評価語であることを意識する必要がある。マルクス主義的な歴史叙述では、革命を歴史の前進とみなし、それに敵対する体制を体系的に反革命政権として批判する傾向が強かった。他方、保守主義や自由主義など別の立場からは、急進的革命の暴力や混乱を抑えた政権として再評価する試みも存在する。この点で、革命と反革命の対立は、単なる事件の羅列ではなく、価値観や歴史観の対立としても理解されるべきである。近代以降の思想史では、ニーチェのように価値の転換そのものを問題にした思想家や、サルトルのように自由と責任をめぐる倫理的選択を強調する思想家の議論が、革命と反革命の問題系と交差して論じられてきた。