公行|清朝広州で対外貿易を独占

公行

公行は、清代乾隆期に広州で外国貿易を一手に担った行商の同業組織であり、いわゆるCanton system(広州体制)の中核であった。朝廷により外国商館との取引窓口を独占的に付与され、関税・課徴や取引保証、滞納・事故の連帯責任まで負う公的性格を有した。十三行と総称される行商の集団は、海上貿易の利益を集約する一方、度重なる規制と巨額の負担を伴い、清朝財政と外交秩序の要として機能した。制度はアヘン戦争後の条約港体制の成立により消滅へ向かった。

歴史的背景と成立

明清移行期の統制的な海上政策や広州一港への集約は、地域秩序を重んじる清朝の外交観と連動した。乾隆帝期、外国船の来航が増すなかで、朝廷は取引管理を強化するため、広州の有力商人を糾合して公行を公認し、官の監督のもとで独占的な媒介権を与えた。これにより、対外商業は行商(hong merchant)を通じてのみ許可され、税・手数料・賠償義務・風紀保持など、多岐にわたる責務が制度化された。

組織と役割

公行は行首を中心に結束し、官府と外国商館の間で価格や数量、積荷の検査、居留や出入港の手続きを調整した。特に重要だったのは、対外債務の保証と延滞・事故の連帯補償であり、外商の不払い・沈没・火災等に際しても、行商が補填・調停に当たる仕組みであった。国家は彼らを通じて歳入を確保し、対外接触を限定・可視化することで秩序維持を図った。

行商の責任と規制

  • 関税・各種課徴の納付と前納
  • 外商入港許可、宿泊・倉庫の管理
  • 価格・数量・納期の調整と履行保証
  • 違禁品の摘発・摘示、風紀の取り締まり
  • 延滞・損害の連帯補償と紛争仲裁

広州体制の運用

Canton systemは、外国商館の居留・寄港・交易時季(シーズン)を細かく区切り、海関(hoppo)の監督下で公行が全手続きを媒介した。外商は直接官府と交渉できず、行商を介してのみ売買・決済・運上を行う。貨物は茶・絹・陶磁などが主で、決済には銀塊や銀貨、とりわけ国際的流通性を持った銀貨が用いられた。公行は倉荷証券や信用の供与、さらには通訳・帳合・倉庫の手配に至るまで、一括して担った。

決済と会計の特徴

  1. 銀本位的な勘定と秤量銀の重視
  2. 行商間の清算と相互保証による信用補完
  3. 季節毎の価格調整と在庫回転の管理

政治・社会への影響

公行は、官府の外延として課税・管理を担う半官半民の装置であったため、地方政治や都市社会にも強い影響を及ぼした。行商は慈善・公共事業に資金を投じ、都市基盤や救済にも関与したが、独占権の集中は価格硬直や汚職の温床となる危険を孕んだ。また、対外赤字・銀流出期には税負担が増し、行商財務の逼迫が信用不安に連鎖することもあった。

衰退と廃止

19世紀に入ると、違禁品の流通と沿海管理の綻びが深刻化し、制度疲労が露呈した。アヘン戦争後の条約港開港と領事裁判権の拡大は、公認独占としての公行の根拠を掘り崩し、広州一港体制は解体へ向かった。以後、対外貿易は条約に基づく港湾・関税・租界の枠組みに移行し、行商の連帯責任や媒介独占は急速に後退した。

用語と史料

「十三行」は広州に集中した行商の総称で、個々の商号や一族が長期的に継承し、国際取引の記録・往復書簡・勘定帳簿を残した。制度史の確認には、海関の規条、公行規約、官報・勅諭、外国商館の書簡・回想記などが参照される。経済史の論点としては、独占と取引費用、リスク分担、信用制度、都市社会の公共財供給、銀流通と価格決定などが挙げられる。

関連項目

制度の理解には、関税行政や対外政策、社会文化の文脈が欠かせない。たとえば、関税機構としての海関、海上統制政策である海禁(清)、清代の都市や商業文化を扱う清代の社会と文化、体制転換の画期となったアヘン戦争、越境的商人ネットワークとしての華僑南洋華僑などが密接に関わる。外交・交通の比較素材としては、東アジアの交流史に連なる朝鮮通信使や、朝鮮知識人世界の国家観と秩序観に通じる小中華思想が挙げられる。