交鈔|宋代の貨幣改革

交鈔

交鈔は、元朝で国家が発行・強制通用させた法定紙幣である。モンゴル帝国の貨幣政策を継承しつつ、クビライ期に「中統元宝交鈔」(中統鈔)をもって制度化され、のちに「至元通行宝鈔」や一時の「至大銀鈔」へ移行した。銀を基準とする兌換・回収の仕組み、専売収入や課税による循環、偽造・拒受の厳罰などを通じて流通を維持したが、軍事動員と財政膨張に伴う過発行は信用低下と物価騰貴を招いた。宋代の交子・会子を先行例とし、銅銭本位の世界から紙幣本位へ舵を切った点に、ユーラシア広域の通商・財政運用を視野に入れた画期があった。

成立と名称

交鈔は、中統元年に全国通用を掲げて「中統元宝交鈔」として発行された。名目は銅銭(文・貫)に合わせ、十文から二貫までの券種を整備し、のち「至元通行宝鈔」が中核通貨となった。「至大銀鈔」は銀との直接兌換を志向する改革紙幣であったが、準備銀の不足と運用難から短命に終わる。いずれも紙面に通用範囲の無限定、偽造の厳罰、密告奨励などが明記され、制度紙幣としての威力を持たせた。

制度の骨格

  • 発行と裏付け:初期の交鈔は銀を準備とする兌換原理を掲げた(名目銀本位)。
  • 回収メカニズム:官租・課税・専売事業(例:塩専売制/)で徴収・回収し、流通量を調整した。
  • 流通の強制:物品売買・官給・俸給の受払に交鈔使用を義務づけ、拒受・偽造は重罰とした。
  • 補完貨幣:地方や小額取引では銅銭・銀塊が併存し、実務は複本位的に推移した。

宋・金からの継承

宋代には手形的な交子・会子が普及し、遠隔送金の慣行や都市の信用網が整った。唐宋期の為替手段である飛銭/は銅銭移送の代替であったが、元の交鈔は国家発行の紙幣として法的強制力を備えた点で一段の制度化を示す。とりわけ江南の財政・商業基盤を吸収したのち、宋(/)以来の帳合・市易の技術が全土通貨運用の基盤となった。

券種・印刷と偽造対策

交鈔は額面を多段的に整え、初期は木版、量産期には金属版を用いるなど偽造抑止の工夫が進んだ。紙質は楮・桑皮紙を主体とし、官印・朱印の重捺、文様・断簡の照合で真正を担保した。損耗券は官で交換し、汚損・破損券の再流通規制で信用を維持した。

通用範囲と価格体系

大都と江南の大市場を結ぶ運河・海運が整備されると、交鈔は広域の税・俸給・軍需決済に浸透した。額面表示は文・貫で、銅銭(円形方孔銭:円銭/)や銀との相対価格が取引の基準となる。都市・港市の商人は会計・記帳決済を取り入れ、ギルド的組織(商人ギルド/)は相互与信で決済リスクを抑えた。

財政・軍事と流通の拡大

南宋併呑後の広域経営、とりわけ遠征・海防の出費は、交鈔による機動的な支出を促した。日本・大越・占城・ビルマ等への政策展開(概説は元の遠征活動/)は、短期的には紙幣需要を押し上げるが、長期的には回収能力を上回る発行圧力を生み、地域ごとの物価差や銀相場の変動を通じて交鈔の実勢価値を揺らした。

運用手段:回収・兌換・統制

官は歳入の一部を交鈔で受け、専売・関税で循環させるとともに、交換所での汚損券引換を常設して信用を支えた。銀・銅の市場放出や徴収比率の調整は、物価局面に応じて弾力的に用いられた。だが戦費や賦役の急増は、準備銀の不足と流通過多を慢性化させ、名目上の兌換は次第に形骸化した。

地域差と商業圏

江南の港市・運河沿いでは交鈔決済が進んだ一方、辺境・山間部では銀塊・銅銭・実物交換が併存した。東アジアの海上交易の結節点であるベトナム(ベトナム/)や、地中海世界の遠隔売買(地中海商業圏/)と比較すると、国家主導の紙幣本位と与信統制の強さが、元代金融の特質として際立つ。

信用低下と物価高騰

14世紀に入ると、天災や軍費、地方軍の自立化が重なり、交鈔は過発行に傾いた。銀準備の脆弱化は銀貨建て価格の騰貴として現れ、都市の米・塩・布の相場は上昇する。官は増税・新券発行で局面転換を図るが、旧券との交換比率や強制回収は取引コストを増し、かえって市中信用を損なった。

社会と文化の側面

交鈔は、俸給・軍糧・工料の支払を紙で行う実務を普及させ、会計・記録・度量衡の標準化を促した。紙幣流通は都市の専門職を分化させ、両替・質庫・保管・運送などの業務が発達する。紙面の文言・官印・装飾は国家権威の視覚化であり、政治的プロパガンダの媒体でもあった。

貨幣史上の位置づけ

唐宋の信用移転(飛銭/)から宋の紙幣、金・元の制度紙幣、明の永楽以後の宝鈔へと連なる系譜のなかで、交鈔は「国家発行・広域強制・銀準備(名目)」という三点を併せ持った初期の完成形であった。銅素材の制約を回避し、広域市場の統合を加速したが、同時に過発行の誘惑と統制コストという近世以降の紙幣制度の宿痾も露呈した。

用語と史料上の注意

史料では交鈔を「鈔」「宝鈔」とも記す。中統鈔・至元鈔・至大銀鈔は発行期・券面・運用が異なるため、年号・地名・実勢相場を照合して用例を読む必要がある。額面は文・貫の表記で、銀両との換算比は時期差が大きい。発給・徴収・回収の制度文書、流通相場の記録、実物券の残存などを総合し、地域差を念頭に再構成するのが妥当である。