不可触民(パーリヤ)
不可触民(パーリヤ)は、インド社会において伝統的な清浄観念から最下層に位置づけられてきた人びとの総称である。サンスクリットの「パーリヤ(pāriya, pariah)」や近代以降の呼称「Dalit」は、ヴァルナ制の枠外(アウトカースト)に置かれてきた歴史的実態を示す。職業の分業と宗教的な「穢れ」の概念が結びつき、皮革・屠畜・清掃・火葬などの生業に従事する集団が社会的に隔離され、住居・婚姻・食の共食・井戸や寺院へのアクセスなどに制度的・慣習的な制限が課されてきた。
語と定義の射程
「不可触民」は近代日本語の訳語であり、植民地期の英語「Untouchables」に対応する。今日のインドでは当事者の自己指示として「Dalit」が広く用いられ、行政上は英語で「Scheduled Castes」と分類される。歴史記述では、宗教的汚穢観念の対象とされた下層のジャーティ群を包括する便宜的用語として用いるが、地域・時代により具体的な集団名と境界は異なるため、単一の実体とみなすことはできない。
歴史的形成とヴァルナ制との関係
古代インドの社会秩序は、バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・シュードラの四ヴァルナを理念型とするが、実際の社会は数千に及ぶジャーティ(出自集団)の重層構造であった。不可触民(パーリヤ)に該当する人びとは、このジャーティ体系の下端あるいは枠外に置かれ、他集団と不可触の境界を設定された。中世以降、村落共同体では職能と奉仕の義務が固定化し、通婚圏や居住区画の分離が相互に再生産され、階層秩序が長期持続した。
宗教思想と「穢れ」の観念
不可触観念は、身体・死・血・動物処理などに伴う「不浄」を忌避する宗教実践と連動してきた。接触回避は、身体接触に限らず、影・吐息・衣食器の共有、さらには井戸や寺院の出入りにまで及ぶ場合があった。これらは経典の単純な規定というより、地域ごとの習俗と権力関係の交渉によって具体化された規範である。
生業と生活世界
歴史的に周辺化された生業は多岐にわたるが、典型例は次のとおりである。
- 皮革加工・履物製作・太鼓張りなど、動物遺体に関わる職能
- 屠畜・食肉処理、野獣・腐肉の処理
- 火葬場の管理、死体の運搬と儀礼補助
- 清掃・汚物処理、水路や下水の維持
- 村内雑役、鼓手・伝令といった奉仕的役務
これらの職能は共同体維持に不可欠であったにもかかわらず、儀礼的劣位に組み込まれ、報酬は現物や慣習的給付に偏りがちであった。居住は村はずれに集住し、夜間外出や祭礼参加に制限が及ぶ事例も記録される。
地域差と多様性
南インドの皮革職能集団、北インドの清掃・屠畜集団、西インドの鼓手・雑役集団など、名称・職能・社会的距離は地域で大きく異なる。イスラーム王朝期・シク教徒社会・仏教圏周縁など、宗教環境の相違も不可触観念の強度や運用に影響した。都市化や商業化の局面では、職能の再編や移動が生じ、不可触境界の交渉余地が拡大することもあった。
植民地期の編成と法
19世紀後半以降、英領インド政府は住民調査と行政分類を通じてジャーティを「カースト」として把握し、最下層集団に特別保護を付与する一方、その固定化を助長した面もある。20世紀前半には不可触撤廃を掲げる社会改革が広がり、教育・雇用における優遇(いわゆる予約制度)や差別慣行の抑止が制度化へ向かった。
独立後の憲法と運動
1947年の独立と1950年憲法は不可触慣行を明確に違憲とし、差別の禁止と機会均等を定めた。法学者で政治指導者のB.R. Ambedkarは、当事者の権利拡張を主導し、宗教領域でも仏教改宗運動を通じて自己解放の道を示した。以後、教育・行政・企業採用における「Scheduled Castes」向けの留保枠が拡充し、政治代表も増加したが、地域社会での慣習差別や暴力は断続的に報告され、法の理念と現実の乖離が課題として残る。
近現代の社会変容
経済自由化と都市労働市場、移住、情報化は、職能と出自の結びつきを相対化した。当事者運動は「Dalit」をポジティブな自己指示に転化し、文学・美術・映画・デジタルメディアで新たな表象を創出している。他方、農村部の土地・用水・宗教儀礼をめぐる資源配分や名誉観は根強く、選挙政治や地域権力との連動で緊張が再燃する局面もある。
用語法と研究上の注意
研究・記述では、歴史的資料に現れる固有名称(具体的ジャーティ名)と総称(不可触民・Dalit・Scheduled Castes)を区別し、時代・地域・宗教文脈を明示することが重要である。差別実態を記述する際も、当事者の自己表象と主体性を尊重し、単線的な被差別史観に回収しない分析視角が求められる。
史料とデータ
史料は法令・行政報告・国勢調査・地方慣習記録・民俗資料・回想記・口述史などに分かれる。数量データは行政分類の変更や自己申告と政治的利害の影響を受けるため、長期比較には慎重な補正が必要である。