リカード
リカードは、19世紀初頭のイギリス古典派経済学を代表する経済学者であり、国際貿易論や分配論に決定的な影響を与えた人物である。株式仲買人として成功した実務家でありながら、著作『経済学および課税の原理』において比較優位の原理や地代論を体系化し、資本主義経済の仕組みを理論的に説明しようとした。リカードが描いた市場社会の姿は、後世の思想家ニーチェやサルトルが議論した近代社会像とも通じる点が多く、経済学と社会思想の接点を示す古典として位置づけられている。
生涯と社会的背景
リカードは1772年、ロンドンに移住したユダヤ系商人の家庭に生まれた。若くして父のもとで証券取引を学んだが、のちに宗教的な対立から家族と袂を分かち、自らの勘と計算力によって巨額の財産を築いた。ナポレオン戦争期の国債取引で成功したのち、彼は政界に進出し、下院議員として穀物法の廃止や自由貿易を主張した。こうした実務経験と政治経験が結びつくことで、リカードの理論は抽象的な思弁だけでなく、現実の資本主義社会を分析する道具として発展したのであり、その姿は近代の知識人像を体現したニーチェやサルトルにも通じるものであった。
古典派経済学と価値・分配の理論
リカードは、アダム・スミスの古典派経済学を継承しつつ、価値が労働によって規定されるとする労働価値説をより厳密に定式化しようとした。彼によれば、商品の「自然価格」は生産に必要な労働量と賃金・利潤・地代の分配関係によって決まり、市場価格は短期的には需要と供給によって変動しながらも、長期的には自然価格に収れんする。リカードは特に、賃金率の変化が利潤率に与える影響に注目し、資本家階級の利潤が縮小していく趨勢を描き出した。この分配論的な視点は、後の批判的な社会思想や道徳哲学、さらにはニーチェやサルトルが論じた近代社会批判にもつながる問題意識を含んでいる。
比較優位の原理と国際貿易
リカードの最もよく知られた業績は、国際貿易における比較優位の原理の提示である。彼は、ある国がすべての財の生産で他国より劣っている場合でも、それぞれが相対的に得意な財の生産に特化し、自由な貿易を行えば双方が利益を得られると論じた。例えば、一方の国が布の生産、他方の国がワインの生産に比較優位を持つなら、各国はその財に特化して交換した方が、保護貿易よりも総生産量が増大するというのである。この理論は、今日まで自由貿易を正当化する基本的な論拠のひとつであり、国家間の利害対立や倫理的問題をめぐる議論においても、リカードの思考枠組みが背後に存在しているといえる。このような市場と国家の関係をめぐる考察は、近代思想における主体と社会の関係という主題とも重なり、ニーチェやサルトルの議論を読み解く際の重要な背景ともなっている。
地代論とその後の影響
リカードは、土地の肥沃度や立地の差から生じる差額地代の理論を提示し、農業生産における収穫逓減の法則を用いて、地代の上昇が賃金と利潤に与える圧力を分析した。耕作の範囲が劣等地へと拡大していくにつれて食料価格が上昇し、労働者の実質賃金を維持するために名目賃金が上がり、その結果として資本家の利潤が圧縮されるという図式である。このような長期的な分配の動学は、資本主義の内在的な限界を示唆するものであり、のちに社会問題を論じた多くの思想家や経済学者に継承・批判された。今日においても、土地や資源の配分、所得格差、グローバルな貿易体制を考える際に、リカードの理論は古典として参照されつづけている。