メキシコ|多彩な文化と古代文明が息づく国

メキシコ

メキシコは北米大陸の南部に位置し、西は太平洋、東はメキシコ湾とカリブ海に面する国家である。首都はメキシコシティであり、スペイン語を公用語とする最大級の国家のひとつである。古代のアステカ文明やマヤ文明の遺産と、スペイン帝国支配の影響が重なりあって独特の文化を形成してきた。現代ではラテンアメリカを代表する人口・経済規模を持ち、周辺諸国やアメリカ合衆国との関係が政治・経済の重要な要素となっている。

地理と自然環境

メキシコの国土は北のアメリカ合衆国国境から南のグアテマラ・ベリーズ国境まで南北に細長く広がり、高原と山脈が国土の大半を占める。東西にはシエラ・マドレ山脈が走り、その間に標高の高い中央高原が形成されているため、同じ緯度でも気候は多様である。高原部は比較的温暖で過ごしやすい一方、海岸平野は熱帯性気候となり、ハリケーンの被害も受けやすい。地震や火山活動も活発であり、地理的条件が歴史や都市の立地、農業生産に大きな影響を与えてきた。

古代文明とスペイン支配

メキシコの地域には、太古からオルメカ、テオティワカン、マヤ、そしてアステカ文明などの高度な文明が栄えた。とくにテノチティトラン(現在のメキシコシティ周辺)は、湖上に築かれた大都市として知られる。16世紀初頭、スペイン人征服者コルテスが上陸すると、アステカ帝国は征服され、以後この地は「ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)」としてスペイン帝国の中核的植民地となった。スペイン本国からの支配とカトリック布教が進められ、先住民社会とヨーロッパ文化が複雑に交錯する社会が形成された。

独立と国家形成

19世紀初頭、植民地支配への不満や啓蒙思想の影響、さらにフランス革命やナポレオン戦争の余波が広がるなかで、メキシコでも独立運動が始まった。1810年、神父イダルゴの蜂起を端緒とする独立戦争が展開し、1821年に事実上の独立を達成した。その後のメキシコは王政と共和政の間で揺れ動きつつ国家体制を模索し、内戦やクーデタが相次いだ。また、19世紀半ばにはアメリカ合衆国との戦争に敗北し、テキサスやカリフォルニアなど広大な領土を失うことになった。

革命と現代政治

19世紀末から20世紀初頭にかけて、長期独裁政権を築いたディアス政権に対する不満が高まり、1910年にメキシコ革命が勃発した。この革命にはマデロ、サパタ、ビリャなど多様な指導者が参加し、土地問題や民主化をめぐる激しい内戦となった。1917年には新憲法が制定され、土地再分配や労働者保護など社会革命的内容が盛り込まれた。その後、制度的革命党(PRI)が20世紀の長期間にわたり政権を担い、権威主義的ながらも選挙を伴う政治体制を維持した。2000年には野党候補が大統領選に勝利し、メキシコは形式的にも多党制民主主義へ移行している。

経済構造と産業

メキシコの経済は、伝統的な農牧業と鉱業に加え、20世紀以降に発展した工業・サービス業から成り立つ。石油資源は国家的な収入源であり、国営石油会社を通じて経済と財政に影響を与えてきた。また、自動車や電機などの製造業が発展し、アメリカ合衆国国境地帯では「マキラドーラ」と呼ばれる輸出組立工場が集積している。農業ではトウモロコシや豆、コーヒー、果物の栽培が盛んであるが、地域格差や貧困問題も残されている。

  • 主要産業には、石油・鉱業、製造業、観光業などが含まれる。
  • 観光はカンクンやマヤ遺跡などを中心に、ラテンアメリカ有数の規模を誇る。
  • 経済統合の進展により、周辺諸国やチリペルーなどとの連携も重視されている。

社会と文化

メキシコ社会は、先住民とヨーロッパ系の混血であるメスティソを中心に、多様な民族から構成される。大多数はカトリック教徒であるが、先住民の信仰や慣習と融合した独特の宗教文化が存在する。死者の日に代表される祝祭や、マリアッチ、民族舞踊、壁画運動などは世界的にも知られている。料理文化も豊かで、トルティーヤ、タコス、チレなどトウモロコシとトウガラシを基盤とする食文化が広がっている。こうした社会と文化の特質は、スペイン支配の遺産と先住民の伝統、さらに独立後の国民国家形成が重なりあうことで形作られ、メキシコを特徴づける要素となっている。