フランシス=ベーコン
イギリス経験論の祖とされるフランシス=ベーコンは、近代科学の方法を理論的に準備した思想家である。エリザベス1世からジェームズ1世の治世に仕えた政治家でありながら、スコラ哲学と中世的権威に依拠した学問を批判し、観察と実験に基づく新しい知の体系を構想した。その構想は後の科学革命や実証主義的な思想に大きな影響を与え、のちのニーチェやサルトルといった哲学者とは異なる形で「人間と世界」の関係を組み替えようとした点に特徴がある。
生涯と時代背景
フランシス=ベーコンは1561年、ロンドン近郊で名門官僚の家に生まれた。若くしてケンブリッジ大学に学び、パリで外交官として経験を積むなど、エリザベス朝イングランドの拡大と安定の中で育った。宗教改革後のヨーロッパでは、プロテスタントとカトリックの対立や、天文学・自然学の急速な発展が同時進行しており、こうした動乱と革新の時代状況がフランシス=ベーコンの思考を形づくった。
政治家としての歩み
フランシス=ベーコンは法曹界に進み、庶民院議員として頭角を現したのち、国王ジェームズ1世の下で法務長官・大法官にまで昇進した。だが裁判における収賄疑惑で失脚し、公職から追放される。この失脚は彼の名誉を大きく傷つけたが、同時に学問と執筆に専心する契機ともなった。政治の中枢で国家運営に関わった経験は、学問を「人間社会の改善」のために役立てようとする彼の構想に反映しており、その現実主義的態度は、観念批判を行ったニーチェの系譜とは異なる形で近代社会を準備した。
経験論と新しい学問観
フランシス=ベーコンは、中世スコラ学がアリストテレスの権威に依存し、実際の自然から切り離された言葉の遊戯になっていると批判した。彼は自然研究の目的を「真理そのもの」ではなく「人間生活の改善」と捉え直し、そのためには体系的な観察と実験に基づく知識の蓄積が不可欠であると主張した。この姿勢は、実存の意味を問うサルトルの哲学とは方向性を異にしつつも、人間の実際的な生を重視する点で近代的感性を共有している。
帰納法と「知は力なり」
フランシス=ベーコンの中心的理念は、個々の事例の観察から一般法則を導く「真の帰納法」である。彼は、少数の例から性急に一般化する日常的な推論や、演繹に依存した旧来の論理学を批判し、多数の観察・実験を計画的に積み重ね、そこから慎重に法則を抽出することを提唱した。ここから生まれた標語が「知は力なり」であり、自然の法則を知ることは、自然を支配し人間生活を改善する力を意味すると理解された。この発想は、工業技術やボルトのような工業部品の標準化を通じて社会を変容させる近代科学技術の論理を先取りしている。
四つのイドラ
フランシス=ベーコンは、人間の精神には誤謬を生み出す先入観が根強く存在するとし、それを「イドラ」と呼んで体系的に分類した。彼によれば、正しい帰納法のためには、事実を集めるだけでなく、このイドラを自覚的に取り除く作業が必要である。
- 種族のイドラ:人間という種に共通する認知の偏り。
- 洞窟のイドラ:個々人の性格や経験に由来する偏見。
- 市場のイドラ:言語のあいまいさに起因する誤解。
- 劇場のイドラ:伝統的学説や権威を無批判に受け入れる態度。
これらの分析は、イデオロギー批判を展開したニーチェや、社会的役割の演技性を論じたサルトルの議論にも通じる要素を含み、近代的な自己反省の思想史において重要な位置を占める。
主著とその内容
フランシス=ベーコンの著作としては、政治・倫理的エッセイ集である『エッセイズ』、新しい学問の綱領を示した『学問の進歩』、そして科学的方法の理論書『Novum Organum』などが知られる。『Novum Organum』では、アリストテレス以来の論理学に代わる新しい「機関」として帰納法を提示し、体系的な実験表を通じて自然法則を抽出する手順が示された。こうした構想は、のちの実験科学の発展だけでなく、理性の批判的機能を強調する近代哲学全体に影響を与え、結果としてニーチェやサルトルのような近現代思想にも遠い射程でつながっていく。
思想の影響と近代への位置づけ
フランシス=ベーコンの経験論は、のちのロック、バークリー、ヒュームへと受け継がれ、イギリス経験論の伝統を形成した。また、観察と実験を重んじる姿勢は、科学者たちの社交・研究組織の成立に理論的基盤を与え、自然を体系的に調べるという近代科学のスタイルを正当化した。その一方、自然支配の思想が環境破壊や技術偏重を正当化してしまう危険もあり、近現代においては批判の対象ともなっている。人間存在の危機を告発したニーチェやサルトルの哲学を合わせて見るとき、合理的支配と自己反省という二つの線が近代の内部で緊張関係を保ってきたことが理解でき、その起点の一つとしてフランシス=ベーコンを位置づけることができる。
評価
フランシス=ベーコンは、必ずしも自然科学の具体的成果を多く残したわけではないが、方法論の面で近代科学の精神を先取りした点で高く評価されている。彼の構想する帰納法は、現代の統計学や実験計画法から見ると素朴な面もあるものの、権威や伝統から自由になろうとする批判精神を体現していた。その意味で、価値や道徳の再評価を唱えたニーチェ、実存の自由と責任を強調したサルトル、技術文明を支える無数のボルトに象徴される工業社会の成立など、さまざまな近代的展開を理解するための重要な出発点となっている。