ハンガリー|ドナウと草原が織る千年の物語

ハンガリー

ハンガリーは中欧のカルパチア盆地に位置する内陸国で、首都はブダペストである。国土は平坦なパンノニア平原が広がり、国内をドナウ川とティサ川が貫流する。民族はマジャル人が中心で、言語はウラル語族のハンガリー語(マジャル語)を用いる。中世に公国として成立し、王国期には東西ヨーロッパの接点として栄えたが、近世にはオスマン勢力とハプスブルク家のはざまで変転を重ねた。近代にはオーストリア=ハンガリー帝国を構成し、20世紀の大戦と体制転換を経験したのち、現在はEUとNATOの一員である。

地理・民族・言語

ハンガリーは周囲をオーストリア、スロバキア、ウクライナ、ルーマニア、セルビア、クロアチア、スロベニアに囲まれる。気候は大陸性で、夏は高温、冬は寒冷である。住民の大多数はマジャル人で、ルーマニアやスロバキアなど周辺国にもマジャル系少数民族が居住する。ハンガリー語は印欧語族とは系統を異にし、固有の語彙と文法を保持している。

中世から近世の歩み

9世紀末にマジャル人がカルパチア盆地へ定住し、1000年にイシュトヴァーン1世が戴冠してキリスト教王国が成立した。14世紀には金鉱・銀鉱の開発で繁栄するが、15世紀後半以降はオスマン帝国の圧力が増す。16世紀、モハーチの敗北を契機に王国は分裂し、一部はオスマン帝国の支配下に置かれ、残余はハプスブルクの保護下に再編された。

近代・オーストリア=ハンガリー体制

1848年革命で独立運動が高揚し、1867年の「二重帝国」成立によりハンガリーは帝国内で自治権を獲得した。交通網やブダペストの都市整備が進み、農業と軽工業が発達した。他方、多民族帝国の内部矛盾も拡大した。

大戦・トリアノンとその後

第一次世界大戦後、1918年に帝国は解体され、1920年のトリアノン条約でハンガリーは大幅な領土と人口を失った。第二次大戦では枢軸側に立ち、戦後は社会主義体制下に再編される。1956年には1956年ハンガリー動乱が発生し、自由化要求は武力で抑えられた。

体制転換と現代政治

1989年に体制転換が進み、複数政党制と市場経済へ移行した。2004年にEU加盟、1999年にNATO加盟を果たし、西側機構との連携を強めた。現代のハンガリー政治は強い行政府と国民投票・憲法改正をめぐる議論など、国内外で注目を集める。

経済と産業

ハンガリー経済は自動車・電機など外資主導の輸出産業が牽引する。ブダペスト圏に研究開発拠点が集積し、ITサービスや観光も重要である。農業では穀物・家畜に加え、トカイを代表とするワインが知られる。エネルギーは域外依存度が高く、多角化が課題である。

社会・文化

宗教はカトリックとプロテスタント(改革派・ルター派)が主で、ユダヤ文化の伝統も厚い。音楽ではリストやバルトークが世界的名声を博し、民族舞曲チャールダーシュや合唱文化が根づく。ハンガリー語文学はペーテーフィらに代表され、建築はブダペストの新古典・アールヌーヴォーが都市景観を彩る。

都市と遺産

ハンガリー観光の中心であるブダペストは王宮の丘とドナウ川岸の景観で知られ、温泉文化も名高い。地方ではエゲルの要塞、プススタの草原景観、トカイの歴史的ブドウ栽培地域などが挙げられる。交通の要衝として中欧・バルカンを結ぶ結節点の性格を今も保持している。