ハラージュ
ハラージュは、イスラーム国家が征服地の土地に対して課した地租である。人口に対する人頭税であるジズヤと区別され、土地区分・耕作条件・灌漑設備・作物種類など複合的な要因に応じて賦課・徴収された。初期イスラーム征服により既存のサーサーン朝・ビザンツ帝国の地税体制を継受しつつ、正統カリフ期からウマイヤ朝・アッバース朝にかけて整備され、帝国財政の基幹収入として機能した。とりわけイラクやエジプトなど灌漑農業地帯では、ハラージュの安定的な徴収が行政・軍事の持続可能性を左右した。
語源と定義
アラビア語の「kharāj(خراج)」に由来し、原義は「外へ出す」「産出」を意味する。律法学(フィクフ)では、被征服地(ard kharājiyya)に課される土地課税を指し、所有者の宗教を問わず当該地に付随する負担と解釈された。すなわちムスリムが土地を取得しても地目が「kharājī」と定められている限り、ハラージュを負担する。これに対し、征服以前からムスリム共同体に属し十進税(ウシュル)が課せられる土地は「ʿushrī」地と呼ばれる。
成立と歴史的展開
正統カリフ期、特にウマルの時代に、征服地の耕地をムスリム兵への完全分配ではなく公有的に保持し地租を継続徴収する方針が採られた。これによりイラク・シリア・エジプトの農村秩序と灌漑網が維持され、ハラージュは恒常財源となった。ウマイヤ朝ではアブドゥルマリクの行政改革と貨幣改革が進み、アラビア語行政化の下で地籍・課税台帳が整備され、イラク総督ハッジャージュが現地の収税実務を引き締めた。アッバース朝期には財政官庁「ディーワーン・アル=Kharāj」が発展し、法学者アブー・ユースフがカリフ、ハールーン・アル=ラシードの要請で『Kitāb al-Kharāj』を著し、ハラージュの理論と運用規範を体系化した。以後、セルジューク朝やマムルーク朝でも枠組みは継承され、徴税請負や軍事扶持(イクター)と結びつきながら変容した。
課税方式と土地区分
- ハラージュ・ムカースァマ(kharāj al-muqāsama):収穫高に一定歩合で賦課する比例税。作柄に応じて負担が変動するため、灌漑被害や天候不順に柔軟に対応しやすい。
- ハラージュ・ワズィーファ(kharāj al-wazīfa):地積・地力・作目に基づく定額税。予算の見通しに適するが、不作時の農民負担が過重化しやすい。
- 土地の法的区分:kharājī地は被征服地に由来し、売買・相続は可能だが地目に付随するハラージュ義務は存続する。対してʿushrī地はムスリム共同体の内地で、主に十分の一税(ウシュル)が課される。
- サワーフィー(王領・没収地):国家直轄地として管理され、徴収されるハラージュは直接国庫へ入る。
ジズヤ・ウシュル等との比較
ハラージュは土地課税であり、成人男性非ムスリムに課す人頭税ジズヤとは異なる。改宗によりジズヤは免除されうるが、土地がkharājī地である限りハラージュ義務は残る点が重要である。ムスリム所有地に課される十分の一税ウシュルは、貿易や農産物にかかる軽課税として機能した。さらに戦利金五分の一(フムス)や喜捨税(ザカート)など、複線的な財源の中でハラージュは最大の恒常歳入とみなされた。
地域別の運用
イラクでは運河網の維持費が負担配分に影響し、エジプトではナイルの氾濫に応じてハラージュの算定が調整された。ホラーサーンでは部族軍事力との均衡から徴収権が地方勢力に委ねられることもあった。アル=アンダルスでは在地慣行とイスラーム法の折衷が進み、地籍調査と耕作責任の明確化を通じてハラージュの収入基盤が形成された。これらは一様ではなく、灌漑投資や治安状況、在地エリートとの交渉関係に応じて変化した。
社会・政治的影響
ハラージュの制度化は、征服帝国を定住農業社会と接続し、財政‐軍事構造を持続させた。一方で不作時の定額課税は逃散や耕作放棄を誘発しうるため、比例課税や減免規定が併用された。アッバース朝中期以降、徴税請負やイクターの付与を通じて徴収権が分散すると、国家は現金収入の即地化と引き換えに徴税過程の統制を弱め、地方実力者の台頭を招いた。これによりハラージュは単なる税目にとどまらず、帝国の政治秩序や土地所有関係を規定する仕組みとなった。
主要史料と法理
財政法理の古典として、ハナフィー派のアブー・ユースフ『Kitāb al-Kharāj』が著名で、カリフに対し公正な徴税、灌漑・耕地保全、減免の基準、官吏監督などを具申した。加えて、クダーマ・イブン・ジャアファル『Kitāb al-Kharāj wa-Ṣināʿat al-Kitāba』やマーワルディー『al-Aḥkām al-Sulṭāniyya』は、官僚制と歳入管理の観点からハラージュを論じ、実務と法理の往還を支えた。これらの議論は後世イスラーム諸王朝の財政実務に継承され、用語や徴収技法に地域差が生じても、土地に付随する税としてのハラージュの原理は広く共有された。