ディルハム銀貨
ディルハム銀貨は、イスラーム世界における代表的な銀貨であり、金のディナール、銅のフィルスと並ぶ貨幣体系の中核を担った貨幣である。起源はサーサーン朝の銀貨体系にさかのぼり、ウマイヤ朝期に貨幣改革が進み、書記的意匠(銘文中心)と均質な品位を備えた正規の銀貨として確立した。重量は時期と地域により差があるが、一般に約2.9〜3.0g前後が標準とされ、純度も初期には高い水準を保った。表面には信仰告白や造鋳年(ヒジュラ暦)、鋳造地名、権威者名が記され、図像を廃して文字を主体とする点に独自性がある。流通圏は西はマグリブ・アル=アンダルスから東はイラン高原・中央アジア・インド亜大陸に及び、北方ではヴァイキング時代の埋蔵銀と結びついてバルト海沿岸・ルーシの交易にも深く関与した。こうしてディルハム銀貨は、長期にわたりユーラシア規模の商業ネットワークを媒介する実用的な貨幣として機能した。
成立と変遷
イスラーム支配の拡大に伴い、初期にはサーサーン朝系の様式を踏襲した過渡的な銀貨が鋳造されたが、7世紀末の改革で純粋な銘文貨幣へと転換した。ウマイヤ朝は各地の造幣所を整備し、均質な重量・品位・文言を普及させ、アッバース朝期には鋳造地の拡大とともに銘文の変化や年号の厳格化が進んだ。以後、サーマーン朝・ブワイフ朝・セルジューク朝など地域政権も継続的に鋳造し、モンゴル征服以降もイルハン朝・ティムール朝・サファヴィー朝のもとで制度が更新された。西方ではマグリブやアル=アンダルスで独自様式の銀貨が発展し、名称や刻文は変わっても、銀貨=日常的決済という位置づけは共有されたのである。
度量衡と規格
ディルハム銀貨は、重量単位dirham(ドラフム)と結びつき、金貨dinar(ミスカル)やオンス系の単位と相互換算された。法制・徴税・相場実務では、地域差(バグダード標準、ホラーサーン標準など)を前提に、秤量と品位の管理が行われた。初期は高品位(しばしば銀含有率0.9超)を維持したが、政治的分裂や銀供給の変動により、漸次的な軽量化・品位低下・再鋳が起こることもあった。取引用には秤量銀や断片銀も混在し、貨幣と素材銀が併存する柔軟な運用が見られた。
意匠と銘文
銘文は神名・信仰告白・預言者名・支配者名・造幣地・年号が基本で、図像を避ける点が特徴である。円環状や同心円状の配置で、中央に主要文言、周囲に補助文を刻む形式が一般的であった。シーア派政権では特有の敬称や第4代正統カリフへの言及が現れるなど、宗派・政治勢力の理念が反映される。造幣地名は交易経路の復元に資し、年号表記(AH表記)は歴史年表と直接接続できるため、史料価値が高い。
流通圏と交易
ディルハム銀貨は、バグダードやホラーサーンから北東欧へ至る交易路、シルクロードのオアシス都市、インド洋の海商ネットワークに乗って広く流通した。北方では毛皮・蜂蜜・奴隷・金属資源との交換で大量に流入し、銀塊化や切断・秤量による流通も確認される。西方ではマグリブ・サハラ越交易と連動し、東方では中国銭との相互補完的な決済が行われた。こうした地理的広がりは、イスラーム世界の単一市場的性格と、地域間分業の深化を物証するものである。
経済史上の機能
日常決済と租税・ジズヤ・ザカートの納付において、銀貨は最も汎用性が高い媒体であった。金貨が高額決済・国際決済に適し、銅貨が小額取引を担うのに対し、ディルハム銀貨は中核的な購買力を提供し、物価・賃金・地代の基準となった。相場は金銀比価や銀供給に影響され、遠隔地取引では手形(sakk)・為替・信用販売と結びついて「貨幣+信用」の複合的制度を形成した。国家は鋳造権・課税・両替統制を通じて貨幣秩序を維持し、改鋳は歳入確保と標準回復の両面を持った。
地域差と改鋳
西イスラームでは文字配置・銘文語彙に独自性が見られ、アル=アンダルスでは地中海商圏向けに軽量化・高品位化の揺れがあった。東方ではホラーサーン諸都市やトランスオクシアナの造幣所が高品質のディルハム銀貨を継続的に供給し、モンゴル期には二言語・多文字の銘文をもつ銀貨も現れた。銀の供給ショック時には私鋳・搗打・通用停止といった混乱が発生し、国家は改鋳や通用規格の再告知で市場を再編した。
日本語表記と語源
語源はギリシア語drachmeに遡り、ペルシア語drahmを経てアラビア語dirhamとなった。日本語表記「ディルハム」は近代以降の慣用であり、史料上は音写の揺れがある。学術用語としては「dirham」を半角英字で示し、重量単位としてのdirhamと貨幣名としてのディルハム銀貨を文脈で区別するのが通例である。
研究と史料
研究は、埋蔵貨幣の出土地・構成比・鋳造年分布の統計分析、金属組成の科学分析(XRFなど)、刻印の異同を追うダイ・スタディにより進展してきた。銘文に現れる地名・人名・年号は、通商路・政権交替・貨幣政策を復元する手掛かりとなる。近年はデジタル資料の充実で、造幣地ネットワークや流通速度のモデル化が進み、ディルハム銀貨の経済史的位置づけが一層精密に描き直されている。