スンナ派
スンナ派は、預言者ムハンマドの言行と慣行であるスンナ(sunnah)と共同体の合意(ijmāʿ)を規範の中核に据えるイスラームの多数派である。語の本義は「慣行・模範」であり、啓示であるクルアーンに加えて、ハディース(hadith)に記録された預言者の実践を信仰と法の根拠とする。信条面では一神教(タウヒード)と最後の審判を重視し、法学(fiqh)では四学派(madhhab)が歴史的に整備され、地域社会の学者層(ʿulamāʾ)が宗教実践と教育を担ってきた。政治思想は時代や地域により幅があるが、共同体の秩序維持を重視し、神学・法学・スーフィズムの三領域が相互に影響しつつ発展した点に特色がある。
語源と自称の広がり
名称は「スンナと共同体」を意味する「アフル・スンナ・ワル=ジャマーア」に由来する。これは預言者の模範への追従と共同体一致の尊重を同時に表す語であり、分派化や内紛の時代において正統(orthodoxy)を志向する自覚を示す呼称として定着した。現代では、宗派的自己認識を示す用語としても用いられ、教義上の最小公倍数を共有しながら多様性を内包している。
歴史的展開
スンナ派の形成は、初期イスラーム共同体の指導継承をめぐる対立を背景に進んだ。正統カリフ時代の実践を範とし、ウマイヤ朝・アッバース朝を通じて法学・神学の体系化が進む。9世紀の「ミフナ(宗教試問)」を契機に啓示優位の立場が再確認され、アフマド・イ本・ハンバルらの伝承主義が大きな影響を及ぼした。その後、神学ではアシュアリー学派とマトゥリーディー学派が理性と啓示の調停を図り、法学は都市ごとの学派伝統のもとで精緻化された。
法学四学派(madhhab)
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ハナフィー学派:理性推論(qiyās)と公共利益(istiḥsān)に柔軟で、広大なイスラーム世界に普及した。
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マーリク学派:メディナ住民の慣行(ʿamal)を重視し、『ムワッタ』を基礎典籍とする。
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シャーフィイー学派:シャーフィイーが示した法源論(クルアーン・スンナ・合意・類推)を基盤に均整のとれた体系を築いた。
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ハンバル学派:伝承に厳格で、テキスト最優先の解釈態度が特徴である。
神学と思想の多様性
スンナ派の神学は、アシュアリー(ashʿarī)、マトゥリーディー(māturīdī)、アサリ―(atharī/伝承主義)など複数潮流から成る。アシュアリーとマトゥリーディーは理性(ʿaql)を限定的に用いて啓示(naql)と調和を図り、比喩解釈(taʾwīl)を慎重に採用する。アサリ―は文字通りの受容を志向し、神の属性理解で擬人的誤解を避けつつ経典文言の越権的解釈を戒める。
宗教実践と共同体運営
信仰実践では五行(信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼)が基礎であり、金曜礼拝(jumʿa)や断食明けの祭り(ʿīd)が共同体の絆を強める。法学上の意見相違は学派内の議論として整理され、ムフティーのファトワーが具体的事例に応じた判断を提示する。教育ではマドラサが古典学を継承し、説教師やカーディーが社会倫理の維持に関与した。
スーフィズムとの関係
スンナ派世界ではスーフィズム(taṣawwuf)が神学・法学と併存し、敬虔と内面的修養を補完してきた。多くの地域で法学者とスーフィーが同時に影響力を持ち、外面的遵法と内面的浄化の調和が理想像として語られた。過度の逸脱と判断される実践には批判もあり、是正の議論が繰り返された。
他宗派との相違点(概説)
スンナ派は預言者家族(アフル・ル=バイト)への敬意を共有しつつ、指導権継承を共同体合意に委ねる立場を基調とする。これに対し、シーア派はイマーム位の世襲的正統性を強調し、ハワーリジュ派は厳格な道徳主義を掲げた。いずれもクルアーンと預言者の模範を重視する点は共通で、差異は権威付与と法解釈の枠組みに現れる。
地域的広がりと社会的役割
中東、北アフリカ、トルコ、サハラ以南アフリカ、南アジア、東南アジアなど広域に分布し、都市モスクや学寮を拠点に知の伝達網を形成した。商人・学者・スーフィー教団の移動が学派の地理的展開を促し、地方慣行と法学原理の調停を通じて多様性を包含してきた。
現代的課題と議論の焦点
現代のスンナ派は、国家法とシャリーアの関係、家族法や金融実務、少数派状況での宗教生活、宗教教育と世俗教育の接続など、多面的課題に直面する。学派間の相違は原理的合意の範囲内で運用され、新たな問題にはマクーシド(目的論)的思考を用いて公共善(maṣlaḥa)と個人の権利の均衡を探る動きが広がっている。
用語メモ
sunnah(預言者の慣行)、hadith(伝承)、ijmāʿ(合意)、qiyās(類推)、madhhab(法学学派)、ʿulamāʾ(学者)、kalām(神学)、taʾwīl(比喩解釈)などが頻出基本語である。
典籍と学知の継承
ハディース集成、法学原論、神学綱要、説教集、注釈書の累積によって伝統が保持されてきた。地域ごとの注釈文化は、実践の統一と多様の共存を可能にする知的装置である。
社会倫理の視座
信義(amāna)や公正(ʿadl)、節度(iʿtidāl)を重んじ、共同体内外の隣人関係や貧困救済を宗教義務と結びつけて説く。慈善的慣行はモスク・ワクフを通じて制度化され、歴史的に都市社会の福祉を支えてきた。