ジェントルマン
ジェントルマンとは、英語gentlemanの音写であり、本来は中世から近世にかけてのイングランド社会で、血統と土地所有に支えられた紳士階級を指す語である。世襲貴族より一段下に位置するジェントリーの成員を意味しつつ、単なる身分呼称をこえて、教養・礼儀・節度ある振る舞いを身につけた理想的な男性像を表す言葉として発展した。近代以降には、厳密な身分を問わず、他者への配慮と自己規律を備えた「紳士」を意味する一般語として広く用いられている。
語源と歴史的背景
ジェントルマンの語源は、中世ラテン語のgentilis(名門の出、自らの共同体に属する者)にさかのぼるとされる。これが中英語を経てgentle(高貴な、生まれの良い)という形容詞となり、その男性形を示すmanが付いてgentlemanという語が成立した。したがって本来のジェントルマンは、礼儀正しさというよりもまず「良家の男」であることを意味し、封建的身分秩序のなかで位置づけられた概念であった。
イギリス社会における身分としてのジェントルマン
近世イングランドでは、王侯・貴族の下に、地方に根を張るジェントリー(郷紳)が存在し、その成員を指してジェントルマンと呼んだ。彼らは農村で土地を所有して年貢や地代を得ると同時に、治安判事や地方行政を担い、議会政治にも参加した。こうした郷紳層は、絶対王政と地方社会を媒介しつつ、のちに議会主導政治と近代的な市民社会を形づくる原動力となった点で重要である。
近代市民社会とジェントルマン像
17世紀以降、商業・金融の発展によって、土地に依存しない都市の市民やブルジョワ層が台頭すると、経済的成功と教養を備えた裕福な男性も、行動や教育次第でジェントルマンとみなされるようになった。とくにピューリタン革命後のコモンウェルス体制や、海上覇権をめぐる航海法と英蘭戦争(イギリス=オランダ戦争)などを通じて、議会・法・経済活動を支える指導層には、禁欲的で責任感の強いジェントルマンとしての自己規律が求められた。この理想像は、のちに資本主義と結びついた「紳士資本家」像にもつながっていく。
紳士的振る舞いの規範
ジェントルマンは、社会的地位だけでなく、ふるまいの規範を示す語として理解されてきた。そこでは、弱者への配慮や約束の遵守、節度ある自己表現、暴力より議論を重んじる態度などが重視される。19世紀には、パブリックスクールや大学教育を通じて、スポーツマンシップ、公正な競争、敗者への敬意といった徳目が、紳士教育の核心とされた。このような規範は、のちに帝国支配を正当化する「ノーブレス・オブリージュ」の倫理とも結びつき、世界各地の支配層像に影響を与えた。
国際関係とジェントルマン精神
海上覇権をめぐるイングランドとネーデルラント連邦共和国(オランダ)の競合や、植民地経営の場面でも、しばしばジェントルマンらしい行動や「フェアプレー」が理想として語られた。実際の植民地支配は暴力や搾取を伴ったが、当時の支配者は、自らを教養ある紳士として描き出すことで支配の正当化を図った。この意味でジェントルマン像は、単なる個人の美徳にとどまらず、帝国主義や国際秩序のイメージ形成にも深く関わっていたといえる。
日本におけるジェントルマン概念の受容
日本では明治期以降、近代化とともにジェントルマンに対応する語として「紳士」が広まり、礼儀正しく教養を備えた男性像のモデルとされた。英学書や道徳書では、時間厳守や自己管理、公共心、女性への配慮など、西洋の紳士像が紹介され、日本のエリート層の自己規律の規範となった。都市化が進むなかで、のちにはニューヨークのような欧米の大都市生活に見られるビジネスマンのスタイルも、「現代的ジェントルマン」の一例として受容されていく。
現代におけるジェントルマン像
現代では、出生や身分による区別は弱まり、誰もが他者への敬意と公共心をもってふるまうことでジェントルマンたりうると理解されている。暴力やハラスメントを避け、立場の弱い人びとを守り、差別的な言動を慎むことなどは、今日的な紳士像の重要な要素である。また、ビジネスや政治の場でも、権力や富の誇示ではなく、透明性と誠実さをもって行動する人物をジェントルマンと評価する傾向が強まっている。このように、歴史的に身分概念であったジェントルマンは、時代とともに変化しつつ、なお社会が望ましい男性像を語るキーワードであり続けている。