ケルト人
ケルト人とは、先史時代末から古代にかけてヨーロッパ各地に広がったケルト語派を用いる諸集団の総称である。単一の民族国家を指すのではなく、言語と文化的特徴を共有する部族連合の集合体である点に特色がある。分布は中欧・西欧を中心に、古代にはイベリア半島やアナトリア(ガラティア)にも及んだ。考古学的にはハルシュタット文化とラ・テーヌ文化が典型で、曲線的な文様、鉄器の発達、丘陵上の防御集落(オッピドゥム)などが知られる。古典文献はしばしば勇戦と饗宴を強調するが、近年は交易網・宗教・社会構造の多様性が精緻に描き直されつつある。
起源と名称
ケルト人に対応する語は、ギリシア語のケルトイ、ラテン語のケルタエ/ガッリに遡る。中核地域はアルプス北縁からドナウ上流にかけての中欧で、前期鉄器時代のハルシュタット文化に続き、前5世紀頃からラ・テーヌ文化が広がった。ここで言う「ケルト化」は、人の大移動だけでなく、言語と文化が周辺社会に浸透する過程も含む。名称は外部呼称であり、地域ごとに自称と政治構造は異なっていた点に留意すべきである。
言語と文化
ケルト人の言語は印欧語族に属し、大別して島嶼ケルト(ゲール語群とブリトン語群)と大陸ケルトに分かれる。前者にはアイルランド語・スコットランド・ゲール語・マン島語、ウェールズ語・ブルトン語・コーンウォール語があり、後者にはガリア語・ケルティベリア語・レポント語・ガラティア語などが含まれる。定型詩と語りの伝統、渦巻・蔓草文様、金属工芸の卓越、戦ラッパのカーニクス、環状首飾りトルクなどが文化的指標として知られる。
社会構造と宗教
ケルト人の社会は部族と氏族を基礎に、戦士貴族・自由民・隷属層の分化を伴った。首長は戦闘と分配で権威を確立し、饗宴・贈与・盟約が統合機構として機能した。宗教面では祭祀専門のドルイドの存在が指摘され、聖域や泉・川への奉納が広範に確認される。神々は地域差が大きいが、ルーグス、タラニス、エポナなどの名が碑文に見える。古典著者が語る「首級崇拝」は誇張が混じるとみられ、考古資料はより多様な死生観を示す。
移動と拡散
ケルト人は前4世紀から前3世紀にかけ、アルプス越えやバルカン方面へ活動域を広げ、イベリアのケルティベリア人やアナトリアのガラティア人など多様な分枝を生んだ。前390年頃のローマ占領(セノーネスによるカンピドリオ包囲)は古代史に衝撃を与え、以後ローマは中欧・ガリアとの境域を意識するようになる。拡散は軍事だけでなく、塩・鉄・工芸品の交易路形成とも結びついていた。
ローマとの接触と征服
ガリアでは前1世紀、カエサルの遠征により多くの部族がローマ支配下に置かれ、都市化とローマ市民権の拡張が進んだ。オッピドゥムは属州都市へ転換し、ガリア語はラテン語に置換されつつも、地名・人名・民俗には持続が残った。ブリテン島南部も征服を受けたが、アイルランドは直接的支配を免れ、島嶼世界で独自の文芸と修道文化が展開した。
ブリテン諸島の展開
ローマ撤退後、アングロ・サクソンの進出はブリトン系社会をウェールズ・コーンウォールなどへ圧縮した一方、アイルランドとスコットランドではゲール語世界が展開し、中世には修道院ネットワークが学芸の中心を担った。装飾写本や金工は渦巻・組紐文様を発達させ、後代の「ケルト美術」として知られる。英雄叙事の伝承は後世に写本化され、口承と文書文化の交差を示す。
中世以降の残存と復興
近世には英仏両語の伸長や国家統合でケルト系言語は後退したが、19~20世紀の文化復興運動は言語教育・民俗研究・音楽の再評価を促した。現代ではウェールズ語・アイルランド語・ブルトン語などで公教育・放送が整備され、地域アイデンティティの要素となっている。観光やフェスティバルを通じた可視化は、歴史学における「多様なケルト人」像と呼応する。
遺物と考古学
考古学は武具・装身具・車両副葬、湿地遺体、奉納遺物、銘文資料(ガリア語の石碑、オガム文字)を通じて地域差と交流圏を描く。金銀細工やエナメル技法は職能と流通の高度性を示し、農耕・鉄冶金・塩生産の実態も発掘で具体化した。地理情報と年代測定の進展により、「移動」だけに還元しない文化拡散モデルが提案されている。
史料と研究史
ヘロドトスやポリュビオス、カエサルなどの記述は貴重だが、軍事的対峙や異文化表象の偏りがある。ゆえに文献は考古・言語・人名学・地名学と統合的に読む必要がある。20世紀後半以降は民族=文化=言語の一致を当然視しない立場が広がり、地域ごとの社会編成や交易の機能に焦点が移った。今日、研究者は「ケルト語を話す社会群」という操作的定義を採り、固定的民族像から距離を置く。
用語上の注意
- ケルト人は時空間的に多様で、統一王権や単一宗教を想定しない。
- 「ガリア」「ブリテン」「イベリア」「ガラティア」は地理的便宜概念で、内部は部族ごとに異なる。
- 「ラ・テーヌ様式」は美術史用語で、民族を直接同定しない。
政治・社会の具体相
部族会議や人質交換、盟約文書に相当する慣行、境域に設けられた市場は、統合の制度化を示す。農業は小麦・大麦・家畜複合で、鉄器と犂の普及が生産力を支えた。遠隔交易は塩・ワイン・工芸品を循環させ、首長はそれを再分配することで威信を保った。女性の相続や身分法の地域差も注目され、単純化された勇士像では捉えきれない複層性がある。
記憶とアイデンティティ
現代の文化実践におけるケルト人の記憶は、音楽・舞踊・祭礼・地名に残存し、ツーリズムや地域振興と結びつく一方、歴史叙述との齟齬も生む。学術研究は神話化を是正し、資料批判と地域史の積み上げで、新たな通史像を提示している。こうしてケルト人は、固定的民族概念ではなく、言語・考古・社会を横断する比較史の対象として再定位されている。