アッコン
アッコンは地中海東岸に位置する港市で、現代のイスラエル北部アッコ(Akko)に比定される中世史上の重要拠点である。古代フェニキア世界からヘレニズム・ローマ期を通じて栄え、イスラーム期には軍港・商港として発展した。十字軍時代にはイェルサレム王国の実質的な首都・最大の集積港として機能し、海上交易・金融・都市自治の諸制度が高度に発達した。1187年にサラーフッディーンによって陥落した後、第三回十字軍の攻囲(1189–1191)で奪還され、1291年のマムルーク朝による攻略をもって陸上の十字軍拠点は終焉した。多言語・多宗派の住民、ヴェネツィア・ジェノヴァ・ピサなどの通商勢力、テンプル騎士団や病院騎士団(ホスピタル騎士団)などが共存・競合する国際港湾都市であった。
地理と名称
アッコンはハイファ湾の北縁、カルメル山地とガリラヤ内陸を結ぶ結節に位置し、内陸のダマスクス・アレッポ方面と地中海航路を連結する要衝である。古代にはアッコ(’Akko)、ヘレニズム・ローマ期にはプトレマイス(Ptolemais)と呼ばれ、中世欧州ではアクレ(Acre)と記録された。天然港としては小規模だが、係留・防波施設の整備により艦船運用が可能で、風向・潮汐を読んだ季節航海に適応した港湾都市として発展した。
古代からイスラーム期までの概観
フェニキア人の沿岸集落として成立した後、アレクサンドロス以降はヘレニズム世界の一角として商業都市化が進む。ローマ帝政期には道路網・徴税制度の下で東方交易の中継点となり、ビザンツ期にも司教座都市として存続した。7世紀にアラブ軍が進出すると、ウマイヤ朝・アッバース朝期に地中海艦隊の拠点となり、ファーティマ朝期にはシリア・パレスチナ海岸の軍港・関税港として再編された。
十字軍時代の興隆と機能
1104年、第一回十字軍後の拡張局面でボードゥアン1世がジェノヴァ艦隊の支援を得て都市を攻略し、王国の最重要港となった。1187年にサラーフッディーンへ降伏するが、1189–1191年の長期攻囲でリチャード1世やフランス王軍が奪還し、以後、聖地の中核都市として宮廷・高等法院・宗教騎士団本部・通商コムーネ(ヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサ)が集住する複合都市に再編された。都市内部は各勢力の居留地・倉庫・埠頭が分化し、地中海物流のハブ港として香辛料・砂糖・染料・織物・金銀貨の流通が集中した。
都市社会と宗教的多様性
アッコンはラテン教会の制度下にありつつ、ギリシア正教会・アルメニア教会・シリア教会など東方キリスト教諸教会、ユダヤ教徒、イスラーム商人が共在した。裁判・商事仲裁は慣習法と王国法(アッシーズ)が併用され、通商ギルドやコムーネの規約が商権秩序を支えた。宗派間の共存はしばしば緊張をはらみ、1256–1258年の「聖サバ修道院戦争」に見られるように、イタリア商人同士の武力抗争が都市秩序を揺るがすこともあった。
経済・物流・金融
入出港する艦船は東地中海の島嶼・小アジア・エーゲ海・アドリア海の港を結び、内陸の隊商路はダマスクス・ホムス・アレッポと連動した。輸入は香辛料・宝石・胡椒・没薬・生糸など、輸出は砂糖・綿織物・ガラス器・染料原料などが中心である。為替手形・海上保険・両替商が活躍し、金貨(ベザント)と各地の銀貨が併用された。関税・港湾税は王室歳入の柱であり、都市自治体は埠頭・倉庫・市場の維持管理で重要な役割を担った。
要塞化と軍事
海岸線に沿う城壁と海上防御施設、稜堡状の門塔、壕・外郭で多層防御が築かれ、宗教騎士団の館(コンベント)は堅固な石造の要塞兼倉庫として機能した。非常時には港内の艦船・船員が市民軍に組み込まれ、沿岸の見張台は沖合の艦影を早期に察知した。攻囲戦では投石機・攻城塔・地雷(地中破壊)などが用いられ、補給線の海上確保が生死を分けた。
1291年の陥落と余波
マムルーク朝のアシュラフ・ハリールが大軍で攻囲し、内外の防衛線を圧迫した。救援艦隊は十分に機能せず、避難民は船でキプロスへ退避したが、市街の多くは破却・焼失した。陥落は本土の十字軍国家に終止符を打ち、以後のラテン勢力はキプロス島を拠点に東地中海交易の再編を図ることとなった。都市の聖遺物・文書・商権の多くが散逸し、宗教騎士団の戦略も根本的な転換を迫られた。
オスマン期から近代
マムルーク朝の統治後、オスマン帝国下では地方都として再生し、18世紀末にはアフマド・アル=ジャッザールの統治で城壁・公共建築が整備された。1799年、ナポレオンのシリア遠征はここで頓挫し、要塞都市としての防禦性が再評価された。近代には行政・交易の地方中心として機能し、旧市街の遺構は港湾都市史・十字軍史・オスマン都市史を横断する重要な文化資産とみなされている。
史料・研究の手がかり
- 旅行記・年代記:ラテン・アラビア語・ヘブライ語の記録が都市像の復元に資する。
- 法と制度:王国法(アッシーズ)、ギルド規約、コムーネの特権状の比較が都市運営の実像を示す。
- 考古学:城壁線・埠頭・倉庫跡の発掘と建材分析が港湾機能の実証に有効である。
- 経済史:関税台帳・貨幣流通・海上保険文書が広域ネットワークを可視化する。