法隆寺

日本史

法隆寺|聖徳太子,仏法興隆の願い,薬師如来像

法隆寺 法隆寺は聖徳太子が、仏法興隆の願いをこめて建設した寺院である。斑鳩の寺とも呼ばれる。607年に大和斑鳩宮に居を移した聖徳太子(34)の命により、宮の西南に隣接している。建設のきっかけは、聖徳太子が父である用明天皇の冥福を祈って...
日本史

蘇我馬子|推古天皇の大臣,聖徳太子,天皇記,国記

蘇我馬子 そがのうまこ 蘇我馬子は蘇我稲目の子である。大臣として敏達・用明・崇峻・推古の4代の大王(天皇)に仕えた。587年排物派の物部守屋を倒し、報恩のため法隆寺を建立。592年には崇峻天皇を暗殺して推古天皇を有率した。聖徳太子とと...
宗教

法華義疏|聖徳太子の三経義疏のひとつ,勝鬘経,維摩経

法華義疏 法華義疏は聖徳太子が著した法華経の注釈書である。勝鬘経(しょうまんきょう)・維摩経(ゆいまきょう)などとともに聖徳太子の「三経義疏」と呼ばれる。中世以降、法隆寺隆盛の基礎ともなる聖徳太子の遺品として、語り伝えられている。 ...
宗教

斑鳩宮(いかるがのみや)|聖徳太子,法隆寺

斑鳩宮 601年着工-613年に建設。(推定)聖徳太子(厩戸皇子、28)によって建設された宮殿。聖徳太子は、斑鳩宮に住んだ。朝鮮や隋との外交的な役割を担いながらも、内政的に政敵である敏達天皇の一族が、大和川をはさんでその南岸に位置する...