匈奴

世界史

西域都護|シルクロード統治と軍事の司令塔

西域都護西域都護は、漢帝国がタリム盆地一帯の諸国を監督し、交通路と朝貢体制を維持するために設けた軍政官である。前漢宣帝の時に制度化され、都護府は烏壘城(現新疆輪台付近)に置かれたとされる。匈奴勢力と角逐するなかで、敦煌以西の安全確保、使節往...
世界史

趙|胡服騎射で台頭する北方の強国

趙趙は中国の戦国期に北方を基盤とした列強であり、韓・魏とともに「三晋」を構成した国家である。都は邯鄲に置かれ、山西から河北・内陸草原縁辺にまたがる地理条件を活かして拡張した。とりわけ趙武霊王の「胡服騎射」による軍制改革は画期的で、対遊牧勢力...
世界史

燕|北東辺境から海に開く戦国の雄

燕燕は周王朝の封建体制下で成立した北方の諸侯国であり、のちに中国古代の戦国の七雄の一角として台頭した国家である。版図は華北の東北縁に広がり、拠点は薊(けい、後の北京周辺)と遼西・遼東に及ぶ。地理的には中原と草原世界の接点に位置し、農耕と牧畜...
世界史

五胡|匈奴・羯・鮮卑・氏・羌の漢民族以外の中国国家

五胡五胡は、北方系の匈奴・羯・鮮卑とチベット系の氏・羌の5族の総称である。これらの異民族の一部は後漢から三国時代にかけ、西・北辺に移住を認められ、中国文化と接触していたが、八王の乱に乗じて華北に侵入して各地に国を建てた。目次八王の乱匈奴羯鮮...
世界史

東匈奴|東西に分かれた匈奴,漢への降伏

東匈奴東匈奴とは、紀元前60年ごろ、モンゴル高原栄えた国家であり、匈奴が漢の侵攻によって東西に分裂した国の一つである。西匈奴との対立が悪化した。東匈奴の呼韓邪(こかんや)単于は漢に投降することで、漢の後ろ盾を得、西匈奴と抗争を繰り広げた。匈...
世界史

万里の長城|歴代王朝が築いた北辺の長大防壁

万里の長城万里の長城は、中国北方の長大な防御施設であり、戦国時代に各国が築いた城壁群を起点として、始皇帝の統一後に連結・再編され、以後の王朝により改修・増築が繰り返された大規模な軍事・交通インフラである。敵騎兵の南下を遅滞させ、関門で通行・...
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シルクロード|漢-インド-ペルシア-ローマ帝国を結ぶ交易の道

シルクロードシルクロード(絹の道)は、洛陽・長安から甘粛をへて敦煌から西域南道または西域北道(天山南路)を通り、パミール高原を越えてイラン・メソポタミアをへて地中海沿岸に達し、東西文化圏を最短距離で結ぶ。約1万3000m。東からローマに運ば...
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西匈奴|西遷と西域中央アジアへの波及

西匈奴西匈奴は、前漢末から後漢期にかけて東アジア草原で勢力を築いた匈奴連合の一派であり、1世紀後半にかけて東方での軍事的圧迫と内部分裂を経て天山北路・イリ流域へと重心を移した集団である。彼らは遊牧と交易を基盤とし、機動力に優れた騎射でもって...
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北匈奴|後漢期に北辺で長く抗争した匈奴

北匈奴北匈奴は、1世紀中頃の匈奴内部の分裂(建武24年=48年)によって成立した北方系の政治共同体である。ゴビ砂漠以北のモンゴル高原を主たる活動圏とし、従来の匈奴連合の継承者を自任して後漢・南匈奴・鮮卑などと対峙した。西域諸国への影響力を維...
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前漢|劉邦が築いた古代中国の大帝国,中国史

前漢前漢(前202-後8)は、劉邦(高祖)が建国した。都は長安におかれ、西漢とも呼ばれる。高祖は封建制度と中央集権の二制度が存在する郡国制を施行したが、やがて地方豪族に圧力がかかり、武帝時代に事実上の中央集権化が達成された。武帝は、匈奴をは...