IIL(I2L)|Injectorを用いた低消費電力バイポーラ論理

IIL(I2L)

IIL(I2L)は、バイポーラトランジスタを低電力で動作させるために工夫された論理回路技術である。Collector接地ではなくInjectorと呼ばれる構造を用いるため、電源電圧を抑えながら比較的高速な動作を可能にし、かつ消費電力を低減するメリットがある。TTLやECLなど既存の論理方式とは異なるトポロジを取り込み、システム全体の消費電力削減に寄与した事例も多く、集積回路における省電力化の先駆け的存在として位置づけられている。

背景と原理

IIL(I2L)(Integrated Injection Logic)は、1970年代に省電力かつ高密度の論理回路を実現する目的で開発されたバイポーラ集積回路技術である。一般的なバイポーラトランジスタのエミッタとベースの接合を活用しつつ、コレクタ側を低電位に固定することで、動作時の電流注入をInjectorと呼ばれる領域から行う。従来のTTLではベース駆動回路を別途用意していたが、IIL(I2L)ではこのInjectorがベースへの電流注入を担うため、素子数の削減や低消費電力化が図りやすいという特徴がある。しかも、ベース電位が常に低い方向へ保持されることから、オン・オフ切り替えに必要な電流量が少なくて済み、論理ゲートを高集積化しやすい構造として注目を集めた。

動作特性とメリット

従来のバイポーラ論理回路は、電源電圧が5V程度であるTTLを代表例として広く普及していたが、消費電力の高さと発熱が問題視されるケースが多かった。IIL(I2L)ではInjector電圧を低く抑えられるため、スタンバイ時の電流が大幅に低減され、全体的な消費電力を抑える効果が高い。また、回路構造がシンプルであることから素子密度を上げやすく、小型化に有利な点もある。特に、モバイル機器や携帯電子機器が台頭し始めた時期には省電力技術の一端として注目を集め、極低電圧動作を実現するための試みも行われた。一方、高速特性という点ではECLほどではないものの、TTLと比べると低電圧でそこそこの動作速度が得られるため、適切な回路設計やプロセス技術の最適化によって低消費電力の論理回路として利用できる余地があった。

回路構成の特徴

IIL(I2L)では、InjectorとしてのPN接合を各ゲートに対して共有化する形で設計することが多い。ベース注入された電流の一部がコレクタ側に取り込まれることで、論理出力を制御する仕組みである。一般に、複数のトランジスタを1つのInjectorが賄うことで素子数や配線を削減し、高密度実装を実現する。シリコン基板上に形成されるPN接合の層構造をうまく組み合わせることで、多段論理回路を少ない電源電圧・低電力で構成できるのが大きな特徴と言える。ただし、ベースからコレクタへの電圧降下をどの程度許容できるかや、オン抵抗の増大による速度低下をどう抑えるかなど、最適設計にはプロセスと回路設計の総合的検討が不可欠である。

応用分野と実例

IIL(I2L)が応用された事例としては、電卓や簡易的なマイクロコントローラといった低消費電力を重視する用途が挙げられる。初期の頃は単純なデジタルロジックICを中心に展開されたが、一部の半導体メーカーや研究機関ではLSI化への応用例も示されている。例えば、メモリ周辺回路や状態制御回路など、速度要求がそれほど厳しくないブロックをIIL技術で構成し、メインの高性能プロセッサ部とは別のプロセス技術を組み合わせる設計がなされたケースもあった。これによりシステム全体の消費電力を抑えつつ、多機能化を実現するアプローチとして評価された。

課題と衰退の経緯

その後、CMOS技術が半導体市場を席巻し始めると、MOSトランジスタによる低消費電力化や高集積化が急速に進行する。IIL(I2L)はバイポーラ構造ゆえに微細化の限界が見え始め、同時に高速化には課題を抱えたままだった。加えて、バイポーラ技術を用いること自体がプロセスコストや歩留まり面での負担を増やすことにもつながる。CMOSの微細化に伴う性能向上や低電力動作が進む中、IILは次第に実用領域を縮小し、特殊用途を除いては主流から外れる形となった。また、集積回路設計における設計自動化(EDA)の整備もCMOSに比べて遅れがあり、結果としてIIL回路を活用するメリットが限られたことも衰退の背景として挙げられる。

現代への影響

現在では、IIL(I2L)は主流の集積回路技術としてはほぼ見られなくなったが、その低電力設計思想やベース電流注入の最適化による動作は、後にCMOSでも超低電圧設計を模索する際の一つのヒントとなったといえる。微細化が進むCMOSでもリーク電流が増加して消費電力が無視できなくなってきた点を踏まえると、IILがかつて取り組んだ課題は、現代の超低電力ロジック開発や3D集積などの分野においてもなお参考になる部分がある。バイポーラ技術を活かした特殊アナログ回路やセンサー回路などでは、IIL的な考え方やInjector構造を応用する動きも見られ、一部のニッチ分野では再評価されるケースもある。

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