アメリカ労働総同盟
アメリカ労働総同盟は、19世紀末のアメリカ合衆国における代表的な労働組合組織であり、熟練労働者を中心とする職能別組合の連合体として結成された。前身の職人組合全国連盟を引き継ぎ、1886年に発足したこの組織は、賃金引き上げや労働時間短縮など具体的な労働条件の改善を目標とし、「純粋かつ単純な組合主義」と呼ばれる現実的な運動路線をとった。指導者サミュエル=ゴンパーズの下で、アメリカ合衆国の労働運動を主導し、後のAFL-CIO結成にもつながる基盤を築いた点で重要である。
成立の背景
南北戦争後の南北戦争後、アメリカでは急速な工業化と大企業の成長が進み、鉄鋼・機械・鉄道などの産業で賃金労働者が増加した。特に大陸横断鉄道の建設と西部開拓の進展、さらにはフロンティアの消滅に象徴される社会構造の変化は、都市部に多数の労働者を集め、労働争議の頻発を招いた。また、移民(アメリカ)の流入、とりわけ南・東欧系の新移民の増加は、賃金の低下や労働条件悪化への不安を高め、労働者が組合を通じて身分と生活を守ろうとする動きを強めた。
結成と組織の特徴
アメリカ労働総同盟は、1880年代に活動した全国規模の労働団体であるナイツ・オブ・レイバーとは異なり、職種ごとに分かれた職能別組合の連合として組織された。加盟組合は印刷工、鉄鋼労働者、石工など熟練工が中心であり、組織率の高い分野に力を集中させる戦略をとった。ナイツ・オブ・レイバーがあらゆる職種や失業者まで包含し、社会改革を掲げたのに対し、アメリカ労働総同盟は、賃金・労働時間・労働条件といった「日々の要求」を最優先にし、具体的な成果を重視する点に特色があった。
政策目標と運動戦術
- 8時間労働制の実現
- 賃金引き上げと定期的な交渉制度の確立
- 労働災害補償や安全対策の強化
- 団結権・団体交渉権の承認
アメリカ労働総同盟は、このような目標を掲げ、ストライキやボイコットなど経済闘争を主要な手段とした。政治的には特定の政党を組織的に支持せず、既存の二大政党を状況に応じて利用する姿勢をとり、制度改革よりも使用者との交渉を通じた漸進的改善を重視した点で、社会主義的な大改革を志向する流れとは一線を画した。
人種・移民問題と排除の側面
アメリカ労働総同盟は、労働条件改善に大きな役割を果たした一方で、人種・移民問題に関しては排他的な側面を持っていた。多くの加盟組合は白人熟練工を中心に構成され、アフリカ系アメリカ人や女性、低賃金の移民労働者を排除する傾向が強かった。とくにアジア系移民に対しては、賃金引き下げの要因とみなして反発し、中国人移民排斥法のような排外的立法を支持する立場をとる場合もあった。また、南部での黒人分離政策やジム=クロウ体制の下では、黒人労働者の組織化は進まず、組合運動の恩恵が限定されるという問題が残った。
同時代の労働運動との関係
アメリカ労働総同盟は、同時代の急進的な労働・社会運動と複雑な関係をもった。無政府主義者や社会主義者が関与したヘイマーケット事件以後、急進派への弾圧が強まると、同盟はこれらの潮流から距離を置き、秩序ある交渉主体として自身の正当性を強調した。産業別組織化を重視する後の産業別組合会議(CIO)とは路線の違いから対立するが、どちらも工業化の進展やクーリー、苦力など国際的な労働力移動のなかで形成された労働市場に対応しようとした点では共通していた。
20世紀への展開と歴史的意義
20世紀に入ると、アメリカ労働総同盟は引き続き熟練労働者を中心に影響力を維持しつつ、第一次世界大戦や大恐慌、ニューディール政策など大きな転換期を経験した。大量生産工業の発展によって未熟練工が増えると、産業別組織化をめぐってCIOとの対立が表面化するが、冷戦期の反共体制のなかで両者は次第に協調を深め、1955年にはAFL-CIOとして統合される。19世紀末から続くアメリカ労働総同盟の歴史は、資本主義の発展と労働者の生活防衛がいかに両立しうるかという問いに対する、アメリカ的な一つの回答を示したものとして評価される。
コメント(β版)