1793年憲法|国民主権と普通選挙の革命憲法

1793年憲法

1793年憲法は、フランス革命期において最も急進的な民主主義と平等主義を掲げた憲法であり、いわゆる山岳派が主導する国民公会によって制定された。男子普通選挙や社会権、蜂起権などを明記した点で画期的であったが、戦時下の非常体制のもとで施行は停止され、実際には発効しなかった「幻の憲法」として知られる。革命の急進化とともに登場し、のちの民主主義思想にも大きな影響を与えた文書である。

制定の歴史的背景

1792年の王政廃止と共和政宣言によってフランス革命は新たな段階に入り、対外的には対オーストリア・対プロイセン戦争、国内では王党派や連邦主義反乱、ヴァンデー反乱などの危機に直面していた。国民公会内部では穏健なジロンド派と急進的な山岳派が対立し、1793年6月に山岳派がジロンド派を排除して主導権を掌握すると、新しい共和政の原理を示すための憲法制定作業が本格化した。

起草と採択の過程

新憲法の起草は、エロー・ド・セシェルら山岳派の委員によって行われ、その思想的背景にはルソーの人民主権論と一般意志論が色濃く反映していた。国民公会は1793年6月24日に憲法案を採択し、続いて住民投票による承認手続を定めた点でも直接民主制的な性格を示した。国民投票では圧倒的多数の賛成を得たとされるが、同時期に戦争と国内反乱が激化したことから、憲法の実施は後回しにされることになった。

1793年憲法の主要な特徴

  • 主権は国家ではなく「人民」に存すると明確に規定し、人民主権を前面に掲げた。
  • 21歳以上の成年男子に対してほぼ無制限の普通選挙権を認め、選挙人資格の財産要件を撤廃した。
  • 一院制の立法府を採用し、代議制の簡素化を通じて人民意思の直接的な反映をめざした。
  • 住民投票やプレビシットの制度を設け、法律に対する人民の拒否権など、直接民主制的要素を強く取り入れた。
  • 貧困者救済・教育・労働などに関する社会権的規定を人権宣言の中に盛り込み、自由権中心の1789年の宣言より一歩進んだ平等主義を示した。

1793年人権宣言と社会権・蜂起権

この憲法と一体で採択された1793年の人権宣言は、財産権を絶対視せず、社会的平等や生存権を重視した点に特色がある。国家には貧困者を扶助する義務があるとし、人民には抑圧政府に対して抵抗し蜂起する権利を認めた。とくに蜂起権の規定は、圧政に対する集団的抵抗を正当化する原理として、後世の革命運動に理論的根拠を与えることになった。

統治機構と直接民主制

1793年憲法は、立法府である国民公会と執行機関を明確に区別しつつも、立法府優位の体制をとった。地方レベルでは一次集会と呼ばれる市民集会が設けられ、法律案の承認や拒否、選挙などに関与することが想定された。こうした構想は、代議制に対する不信感を背景に、人民が直接政治に関与する仕組みを追求したものといえる。

施行停止とジャコバン派独裁

しかし、1793年夏以降、対外戦争と国内反乱は激化し、国民公会は非常時体制の確立を優先した。山岳派とロベスピエールらは憲法の施行を棚上げし、代わりに公安委員会を中心とする革命政府を樹立して戦争と反乱の鎮圧に集中する。こうして一時的とされた非常体制が長期化し、結果としてジャコバン派独裁と恐怖政治が進展し、憲法は実際には一度も運用されなかった。

1793年憲法の歴史的意義

施行されなかったにもかかわらず、1793年憲法は普通選挙・社会権・蜂起権を掲げた急進的民主憲法として、19世紀以降の民主主義運動や社会主義運動に大きな影響を及ぼした。自由のみにとどまらず平等と連帯を重視する発想や、人民主権と直接民主制の理念は、その後の憲法思想や革命期フランスの研究において重要な参照点となり、フランス革命の急進化を象徴する文書として位置づけられている。

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