ファテープル=シークリー|ムガル帝国の幻の都が語る栄華

ファテープル=シークリー

ファテープル=シークリーは、16世紀後半にムガル帝国第3代皇帝アクバルが建設した計画都市であり、北インドのアーグラ近郊に位置する王都跡である。赤色砂岩を主体とする壮大な宮殿群と城砦、モスクや霊廟が一体となった都市遺構で、初期ムガル朝の権威と宗教的寛容の理想を象徴する場所として知られる。現在では世界遺産に登録され、インド史・インド史やイスラーム建築を学ぶうえで不可欠の史跡である。

立地と成立の背景

ファテープル=シークリーは、北インドのガンジス川流域とデカン高原を結ぶ交通の要衝にあり、当時の首都アーグラから西へ約40キロに位置する丘陵上に築かれた。アクバルはこの地に住んでいたスーフィー聖者サイイド・サリーム・チシュティーに深い敬意を抱き、彼の霊的権威にあやかろうとして、この地を新たな首都に選んだと伝えられる。北インドを統一しつつあったアクバルが、デリー・スルタン朝以来の旧都から距離を置き、自らの新王朝の威信を示す舞台として構想したのがファテープル=シークリーである。

都市計画と城砦構造

ファテープル=シークリーは、城壁と門に囲まれた要塞都市として計画され、宮殿区、行政区、宗教区、居住区が緩やかに分かれて配置されている。全体は高台を利用したテラス状の構造で、赤色砂岩の建造物が階段状に並び、広場や中庭を中心とする空間構成が特徴である。都市の周囲には堅固な城壁と複数の門が築かれ、軍事拠点としての性格も併せ持っていた。こうした計画性の高い都市設計は、ペルシア系の伝統とインド固有の都市景観を融合させた初期ムガル朝の特色である。

宮廷・行政施設

ファテープル=シークリーの中心部には、皇帝が政務を執った公共謁見の間ディーワーネ・アーム(一般謁見の間)や、側近を集めて政治・宗教問題を議論したディーワーネ・カース(親謁殿)が配置される。これらの建物は、アーチと柱、格子窓を組み合わせた複雑な意匠を持ち、イスラーム教世界の宮廷建築とインド在来の柱廊建築が混交した様式である。宮殿区にはさらに、皇后たちの居所やハーレム、遊戯用の中庭などが設けられ、皇帝と宮廷社会の日常生活が営まれていた。

居住空間と日常生活

宮殿群の内部には、水盤を備えた中庭や、日差しを和らげるための回廊、風通しを考慮した高窓などが設計されている。これは暑熱の厳しい北インドの気候に適応した建築技術であり、のちにタージ・マハルなどに見られるムガル朝の洗練された宮殿文化の先駆けと位置づけられる。石造装飾には植物文様や幾何学文様が多用され、宗教的禁忌や多様な信仰を意識した抽象的な意匠が目立つ。

宗教建築と霊廟

ファテープル=シークリーには、壮大なジャーミー・マスジド(大モスク)とサリーム・チシュティー廟が建てられ、都市全体の宗教的中心を形成した。大モスクの南側にそびえる「勝利の門」ブーラント・ダルワーザは、アクバルのデカン方面遠征の勝利を記念して建てられた巨大な門で、階段状の基壇と高いアーチが、皇帝の威信と信仰心を象徴する。白大理石で装飾されたサリーム・チシュティー廟には今も巡礼者が訪れ、ムガル朝のイスラーム的信仰と聖者崇敬のあり方を伝えている。

アクバルの宗教政策との関係

ファテープル=シークリーは、アクバルが異教・異文化への寛容を掲げた統治理念を体現する場であった。皇帝は宮殿内に議論の場イバーダト・ハーナを設け、ヒンドゥー教の学僧や、ジャイナ教徒、キリスト教宣教師など多様な宗教者を招いて神学論争を行ったとされる。こうした対話の積み重ねは、のちにアクバルが唱えた宗教的折衷思想ディーネ=イラーヒーにもつながると理解されている。ムガル帝国治下の多民族社会をまとめるため、宗教的寛容と普遍主義を掲げた皇帝の政策が、都市空間にも反映されていたのである。

短命の首都と放棄の理由

ファテープル=シークリーが帝国の首都として機能した期間は長くなく、十数年ほどで行政中心は再びアーグラやラーホールへ移された。その理由としては、周辺地域の水資源の不足や井戸の枯渇、デカン方面への軍事行動や北西辺境への対応を優先した地政学的要因などが指摘される。いずれにせよ、アクバルの時代に隆盛を極めたこの都市は、後継者たちの時代には政治的中心性を失い、やがて多くの建造物が放棄されることになった。

建築様式と文化遺産としての評価

ファテープル=シークリーの建築は、ペルシア系イスラーム建築、中央アジア由来の遊牧的要素、そしてインド在来のラージプート建築が融合した「ムガル様式」の初期段階を示すものである。赤色砂岩の壁面に刻まれた繊細な彫刻、格子細工(ジャーリー)、屋上に並ぶチャトリと呼ばれる小亭などは、のちのムガル建築の典型的モチーフとなった。これらは、バーブルやアクバル以後の皇帝が築いたアグラ城塞やタージ・マハルへと継承され、インド・イスラーム建築史の重要な段階を画している。

世界遺産と現代の観光

今日、ファテープル=シークリー世界史的にも貴重なムガル朝初期の宮廷都市遺跡として評価され、UNESCO世界遺産に登録されている。アーグラのタージ・マハルとともに観光ルートを形成し、多くの旅行者が訪れる場所であると同時に、ムガル朝の政治構造や宗教政策、イスラーム建築とインド在来文化の融合を具体的に示す教材ともなっている。こうした点から、ファテープル=シークリーは、インド近世史とイスラーム世界史を理解するうえで欠かせない都市遺跡であるといえる。