クディリ朝
クディリ朝は、11世紀後半から13世紀初頭にかけて東ジャワを中心に栄えたジャワ島の内陸王国である。前身となるカフリパン王国の王エアランガが王国を「ジャングラ」と「パンジャル(カディリ)」の二国に分割したのち、パンジャル系の政権が発展し、王都ダハ(現カディリ周辺)を拠点に政治・文化の中核を担った。文学の黄金期を現出し、古ジャワ語による叙事詩や宮廷文学が多数編まれたこと、また東ジャワ国家形成の礎を築き、その後のシンガサリ王国・マジャパヒト王国への連続性を示す点で、インドネシア史上における意義は大きい。1222年にトゥマペルの指導者ケン・アロクに敗れて衰退し、地域覇権はシンガサリに移行した。
成立と地理的背景
成立はおおむね1045年前後にさかのぼる。内陸のブランタス川流域は水利に恵まれ、稲作と輸送の双方を支えた。王都ダハは「川―運河―港」の連結点として機能し、内陸生産と海上交易圏を結ぶ結節点であった。こうした地理条件が王権の安定と財政基盤の拡充をもたらし、文化活動の振興につながったのである。
政治構造と支配機構
王権はシャイヴァ系の宗教的権威と慣行法に支えられ、地方の首長層(村落共同体や在地貴族)との関係調整によって支配を維持した。内陸の灌漑施設や運河の維持は王令と祭祀が結びついて進められ、徴税・労役動員の正統性が宗教儀礼によって裏づけられた。宮廷には文人・僧侶・学僧が集い、王徳を称揚する文学が創作され、王権イデオロギーの形成と普及に寄与した。
主要な王と特色
- ジャヤワルシャ(Sri Jayawarşa):12世紀初頭の王。王権の再編と文化保護に努めたとされる。
- カメシュワラ(Kameçwara):宮廷詩『Smara-dahana』の主題とされる治世で、王徳と恋愛美の理想化が進んだ。
- ジャヤバヤ(Jayabaya):最盛期を担った王として著名。学僧・文人を保護し、叙事文学の制作が活況を呈した。
- ケルタジャヤ(Kertajaya):12世紀末から13世紀初頭の王。1222年、トゥマペルのケン・アロクに敗れ、王朝は終焉へ向かった。
文化・文学の展開
古ジャワ語(カウィ語)による宮廷文学が隆盛した。代表作に、インドの『マハーバーラタ』を題材とした『Bharatayuddha』があり、詩人Mpu SedahとMpu Panuluhの協作として知られる。『Smara-dahana』は王と王妃の徳と美を描き、王権の権威化に資した。こうした作品群はワヤン(影絵芝居)など舞台芸能とも結びつき、物語的世界観が社会に浸透した。
経済と交易ネットワーク
基盤は稲作を中心とする農業で、ブランタス流域の灌漑整備が生産力を高めた。内陸製品は河川交通によって河口の港へ集積し、海上交易圏に流通した。陶磁器・貴金属・香料・木綿布などが流入し、胡椒や米、森林資源由来の産品などが出荷された。港市は直接の王領である場合と半自治の市舶司的機関を持つ場合があり、関税・通行税が王権財政を支えた。
宗教・社会と習合
ヒンドゥー(特にシャイヴァ)と大乗仏教の習合が進み、神仏を相互補完的に捉えるシンクレティズムが広がった。王や王妃はしばしば神格と結びつけられ、死後に「神格化(デーワラージャ的発想)」される観念がみられる。山岳修行や僧院・庵の建立は王徳の顕彰と結びつき、在地の信仰世界を包摂した。村落社会では灌漑組合や祭祀共同体が機能し、地域秩序の維持に寄与した。
対外関係と軍事
沿岸勢力や隣接王権との関係は時に緊張し、港市をめぐる影響力争いが発生した。内陸王権でありながら河川艦船と沿岸軍事力を備え、交易路の安全確保に努めた。12世紀末から13世紀初頭には、トゥマペルの台頭が東ジャワの勢力地図を変え、1222年の敗北が王朝の政治的終焉を決定づけた。
歴史的意義と遺産
東ジャワ王権の制度・文化・文学を成熟させ、のちのシンガサリやマジャパヒトによる「ジャワ的帝国」の成立に先行するモデルを提供した点は大きい。王都ダハ周辺の遺跡・碑文、宮廷文学の伝本、地名の伝承は、内陸国家が交易と文化の結節点として機能し得ることを示す史証である。古ジャワ文学の様式や語彙は、その後のジャワ文化圏に長期的影響を与え続けた。
史料と研究の手がかり
研究は碑文(プラサスティ)や銘文史料、古ジャワ語写本、後代の年代記、考古学的出土品などの総合的分析に依拠する。諸地域の陶磁器や貨幣の出土状況は交易の実態復元に資し、文学作品の奉献先や序文は宮廷儀礼と保護のあり方を具体的に伝える。周辺王権の記録との比較は、政治外交史の再構成に有効である。
年代の目安(主な出来事)
- c.1045:エアランガによる分割の後、パンジャル(カディリ)系政権が台頭
- 12世紀前半:ジャヤワルシャらの治世、王権と文芸の基盤整備
- 1130–1160頃:カメシュワラ・ジャヤバヤ期、宮廷文学の隆盛
- 1157頃:『Bharatayuddha』の成立と伝播
- 12世紀末:ケルタジャヤ治世、内外の緊張激化
- 1222:トゥマペルのケン・アロクに敗北、シンガサリ台頭