重量有輪犂
重量有輪犂は、中世ヨーロッパの重粘土土壌に適応して発達した大型の有輪すきである。先刃(coulter)と鋤先(share)、土を反転させる反転板(mouldboard)、荷重を支える車輪(wheel)を備え、深い溝を切り高い畝を形成する点に特徴がある。軽量な桿犁(ard)では掘り起こしに留まった北方の湿潤・粘土質の耕地において、深耕と完全反転を実現し、生産性と定住化を大きく押し上げた。
構造と機能
本機は垂直の先刃で表土と根を切り、鋤先が土塊を剥ぎ、反転板で完全に左右へ倒す。車輪は重量を分散し、一定の耕深と直進を確保する。長い轅(ながえ)と堅牢な機枠は複数頭の牛馬の牽引力に耐え、反転によって雑草や作付残渣を埋没させ、排水性と通気性を改善する。結果として畝は「ridge-and-furrow」の波状地形を残す。
出現と普及
原型は古代末期に遡るが、本格普及は6〜10世紀頃の北西ヨーロッパである。ラテン語の「carruca」が示すとおり車輪付きの大型化が鍵で、カロリング期の荘園文書や都市開発と歩調を合わせて東方・北方へ拡大した。スラヴ地域やドイツ北部でも重粘土の開墾に決定的役割を果たした。
軽量犂との相違
桿犁(ard)は土表面を切り付ける道具で、痩せ地や砂質土壌では十分だが、粘着性の高い地盤では効果が限定的であった。これに対し重量有輪犂は反転板により土を完全に倒し、畝を高く保つことで水はけを改善し、寒冷・多雨域の耕作適性を一変させた。
牽引力と馬具革新
牽引には一般に6〜8頭の牛が用いられ、後には馬用胸当て(horse collar)や蹄鉄の普及で馬の出力を効率化した。長大な畝をまっすぐ耕すため、畑は細長い区画に分割され、作業の分担と共同出役が不可欠となった。
三圃制との相互作用
重量有輪犂は冬作・春作・休閑を巡回させる三圃制と相性が良い。深耕と反転は冬播き穀物の根張りを助け、雑草抑制と窒素固定作物の導入を促した。耕作面積の拡大と単位面積収量の上昇は、人口増加と村落の定着をもたらした。
社会制度への影響
大型犂の運用には畝の共同管理、耕作順序の合意、家畜と労働力の調整が必要で、村の共同体規範を強化した。耕地は帯状の細分地(strip)として割り当てられ、区画の入れ替えによって負担を均等化した。荘園領主は犂と家畜を保持し、賦役の組織化を通じて生産を統制した。
景観と痕跡
中世末から近世にかけて輪作や圃場整理が進んだ地域を除き、現在も航空写真や低角度光で「ridge-and-furrow」の畝列が検出される。これは反復的耕作と土の横流動が作る地形学的記録であり、土地利用史の一次資料となる。
用語と史料
史料上は「carruca」「aratrorum numerus」などの語が見え、課税単位(犂地)や賦課根拠として犂の台数が数え上げられる。技術名は地域差があり、車輪の有無・反転板の形状・材質(木芯鉄被覆など)によって分類が分かれる。
技術の派生と改良
高中世には可逆犂や鉄製部材の標準化が進み、調整可能な耕深・耕幅、耐久性の向上が達成された。牽引具や車輪の改良は路上運搬にも波及し、農具と運搬具の両面で生産体系を支えた。
地理的限界と多様性
地中海沿岸の軽粒土や段丘畑では、軽量犂や鍬の方が機動的で水分管理にも適する。したがって重量有輪犂の適地は北方平原の重粘土を中心とし、ヨーロッパの耕作技術は土壌・地形・降水の条件に応じて併存・分化した。
補足:作業組織と畝立て
畝は対になって往復で耕し、排水方向や境界標識を意識して配列される。番犂(plough-team)の歩度を合わせ、車輪の高さと舵取りを担当する熟練が作業効率を左右した。
補足:環境への効果
反転耕は雑草・病害の圧力を下げ、冷湿条件でも土壌温度の上昇を促す。過度の反転は団粒の破壊や侵食を招くため、圃場条件に応じた耕起強度の調整が求められた。
- 先刃・鋤先・反転板・車輪の組合せが深耕と反転を実現
- 複数頭牽引と作業分担が共同体の規範を強化
- 畝列の地形痕が中世耕地景観を現在に伝える