里甲制|十戸一甲で村落を束ね徴税・治安

里甲制

里甲制は、明代における基層の住民編制で、戸籍と土地を基礎に家々を束ね、租税と徭役を円滑に賦課・徴収するために整備された制度である。村落を単位に「里」と「甲」を組み、里長・甲長が輪番で公役を担い、黄冊や魚鱗図冊といった台帳と密接に連動した。国家はこの枠組みを通じて財政と治安を掌握し、地方行政の末端まで統制した。

成立背景と目的

建国直後の明は戦乱で荒廃した戸口・耕地を再編し、安定した財政基盤を築く必要に迫られた。明初の政治では中央集権化が徹底され、地方支配の基盤整備として里甲制が推進された。目的は、村落共同体に連帯責任を課して賦役を確実化し、逃散や脱税を抑止する点にあった。中央では中書省を廃止して直接統治を強め、基層の把握を里・甲の秩序に委ねたのである。

構成と運用

里甲制の基本は、里(一定数の戸からなる単位)を10の甲に区分し、各甲は約10戸前後で構成されたとされる。里内には里長、各甲には甲長が置かれ、いずれも輪番で任に当たり、租税割当、徭役動員、訴訟・治安の初歩的な処理を担当した。これにより、国家命令は里・甲の序列を通じ迅速に末端へ伝達された。

  • 里長・甲長…公文の伝達、賦課の割振り、収税の取りまとめ
  • 輪番…年ごとなどの交替制で負担を分散
  • 連帯…未納・逃散があれば里・甲全体で補填

戸籍・土地台帳との連動

明代の財政・賦役は帳簿行政に依拠した。戸口は黄冊、土地は魚鱗図冊に登録され、里・甲単位で更新・保管された。こうした台帳作業は里甲制の枠で遂行され、租税は六部の皇帝直属の体制下で戸部へ集約された。結果として、名目上の納税義務と実地の耕作情報が整合し、徴税の予見可能性が高まった。

統制と共同体

里甲制は自治と統制の両面をもつ。村落は自らの名簿と番役を維持する一方、未納には連帯責任が及ぶため、内部監視が強化された。中央は明の皇帝専制政治の下で基層を把握し、風紀・吏治の監察には都察院が関与し得た。軍政面では里・甲と直接同一ではないが、同時期に整えられた五軍都督府などの制度とともに国家統合の骨格を形成した。

他制度との関係

里甲制は、宋代の保甲編制など歴史的先例を参照しつつも、黄冊・魚鱗図冊という台帳主義と強固に結びついた点に特色がある。中央では明の行政機構が整序され、地方では里・甲が徴税・徭役の実働部隊となった。これにより、中央命令は文書と名簿を媒体に末端へ貫通した。

衰退と変容

中後期にかけて貨幣経済の浸透と税制改革が進み、名目上一体だった賦役は銀納化へ傾いた。改革は里甲制の運用負担を相対的に軽減したが、名簿と連帯責任を基礎とする徴収の枠自体は長く存続した。やがて王朝交替の中で機能は再編され、基層統治は別の枠組みに吸収・継承されていく。

用語補足

里…村落の上位単位。甲…里を分割する小単位。里長・甲長…輪番で任に当たる責任者。黄冊…戸口台帳。魚鱗図冊…耕地図冊。いずれも里甲制の運用に不可欠であった。

歴史上の位置づけ

里甲制は、名簿・図冊・輪番の三点セットにより、農村社会の内部規律と国家財政の安定を両立させた明代特有の基層編制である。中央集権の深化、すなわち中書省を廃止して皇帝が直接統御する体制の下、里・甲は国家と村落を結ぶ装置として機能した。その制度史的意味は、国家が「帳簿」を通じて社会を把握し得るという近世的統治技術の確立にある。