軍戸
軍戸は、主として元末から明代にかけて整備された戸籍区分で、家産的に軍務を担う家を国家が台帳上で固定し、世襲の軍役義務と居住・移動の統制を加えた制度的カテゴリーである。明初の軍制は地域ごとに衛・所を配置して兵を常備化し、軍籍に編入された家から交替で兵士を出させ、警備・訓練・遠征・輸送などを担わせた。編制は家単位であるため、当主の交替や子弟の成長に応じて供出員数や役割を調整でき、国家は戸籍と軍政を接合して動員の確実性を高めたのである。
定義と位置づけ
軍戸は「軍務=家の恒常的義務」という仕組みを前提に、軍糧供出・兵士輪番・器具維持などの具体的負担を割り当てる。戸籍上は官人家を示す官戸や、職能動員に重点を置く匠籍などと並ぶ一類型で、明代前半の統治で基層社会の統制と国防の即応性を担った。家産と軍役の結合が核心であり、個人の兵役義務を超えて家の存立と地域秩序に組み込まれる点が特徴である。
成立背景と歴史的文脈
源流には、遊牧帝国が展開した十進的な軍事・行政編制である千戸制や、基層社会の相互監督を用いた編戸原理(秦の什伍の制、北魏の三長制)が横たわる。宋期には治安・予備兵力の枠組みとして保甲法が整備され、戸口の把握と相互連帯の技術が成熟した。これらの制度経験が、明初の軍政再編で家と軍務を直結する軍籍の思想を支えた。
運用と負担
軍籍家は衛・所の台帳に所属し、平時は屯田・城郭警備・運輸・修築、戦時は動員率を高めて前線・補給に従事した。兵粮の自給・補填には国家直営だけでなく、耕作による兵站確保を意図した屯田制が併用され、軍具・馬政では地域の家々が維持費を負担した(関連制度として保馬法が知られる)。家の等級・資産・成員構成に応じて役割は配分され、台帳・検査・点呼によって常備性が担保された。
家と社会の結合
軍戸制は「家=軍務単位」という設計により、徴発の空洞化を防ぎ、地域の相互監督・連帯責任のネットワークへ軍政を接続した。村落秩序の維持、夜警・関門管理、輸送・倉運の動員など、治安と兵站が一体化する構造が形成され、軍役・雑役・財政を横断して国家の動員力を底上げした。
制度の限界と変容
しかし、世襲固定は時間とともに逸脱を招き、逃籍・代理雇・名目化が進むと、台帳上の兵力と実兵力の乖離が深刻化した。16世紀以降は給餉による雇募・常備傭兵の比重が上がり、軍戸の直接動員は縮小する。労役・軍役の金納化を進める流れは、宋以来の改革の系譜に位置づけられ、制度史的には募役法に見られる金銭代替の論理と接続して理解される。
軍政・財政との連動
- 兵站基盤:耕作・輸送・倉儲を家単位で担い、戦時平時の切替に耐える。
- 台帳管理:戸籍・軍籍・資産台帳を統合し、検査・定期点呼で常備性を維持。
- 社会統制:相互監督・連帯責任の枠組みを活用し、流民・移動を管理。
- 関連制度:千進的軍政(千戸制)や郷里組織(保甲法)との技術的接合。
用語と史料上の注意
史料では「軍戸」「軍籍」「軍民」などの語が時期・地域で射程を異にし、実務上の負担・権利も変動する。とくに後期には雇募の進展で名目上の軍籍維持と実態乖離が起こりやすく、制度を扱う際は編成単位・点呼法・財政措置・耕作負担の具体を踏まえて読む必要がある。前代の制度技術を参照しながら、家と国家を結ぶ軍政の仕組みとして理解することが重要である。