茶
茶はツバキ科の常緑樹カメリア・シネンシス(Camellia sinensis)の葉を加工し、湯で抽出して飲む嗜好飲料である。中国古代に薬用として始まり、やがて日常飲料・儀礼・美意識へと広がった。日本へは仏教文化の移入とともに伝来し、禅と響き合いながら「茶の湯」という独自の様式を育てた。加工法と酸化の度合いにより緑茶・烏龍茶・紅茶などに分かれ、同一の樹から多様な風味が生まれる点に茶の特色がある。香気・渋味・旨味が複合する抽出液は、タンニン(カテキン)、テアニン、カフェインのバランスに支えられ、地域ごとに異なる水質・器・作法が味の経験を形作る。
植物学と起源
栽培種の多くはカメリア・シネンシスの変種で、中国雲南・四川周辺やヒマラヤ山麓が自生の中心とされる。常緑の茶樹は新芽期に摘採され、葉の細胞内酸化酵素がもたらす変化を制御してタイプが決まる。摘採時期(一番茶・二番茶)、栽培環境(日射・霧・土壌酸度)などの要因が化学組成に影響し、同じ畑でも仕立てによって味が分かれる。
中国における喫茶文化の展開
古代の茶は薬飲・煎じ湯として用いられ、唐代にルー・ユウ『茶経』が理論化して飲用文化が成熟した。宋代には粉末茶を点てる点茶法が宮廷・士大夫で流行し、器物美と競技性が高まる。明代以降は葉を抽出する泡茶へ移行し、烘焙と香の技術が多彩化した。福建・広東では半発酵による烏龍茶が確立され、工夫茶という濃厚で小容量の淹れ方が受け継がれる。
日本への伝来と茶の湯
日本では平安期に僧侶が茶種を持ち帰ったと伝えられ、鎌倉期に栄西が喫茶養生を説いた。中世には闘茶の遊興を経つつ、村田珠光・武野紹鴎・千利休らが侘びの理念を深め、簡素な道具立てと躙口、露地、濃茶・薄茶の取り合わせが様式化した。近世には煎茶の文人趣味も広がり、煎坐・客座の対話性が学芸の場を支えた。
加工と分類
茶の類別は酸化度・加熱停止の方法・揉捻・発酵微生物の関与などで整理される。概略は次の通りである。
- 緑茶:蒸し(日本)または釜炒り(中国)で酵素を失活、鮮緑色と爽快な渋味(煎茶・玉露・抹茶)
- 烏龍茶:部分酸化、花香や果香(鉄観音・単叢)
- 紅茶:高酸化、赤橙色とコク(アッサム・ダージリン)
- 白茶・黄茶:低処理で繊細な香味(白毫銀針など)
- 黒茶(プーアル):後発酵で熟成香
基本工程
萎凋→加熱(殺青・焙煎)→揉捻→乾燥という順序が骨格である。蒸し時間や焙煎温度は香気の鍵で、火入れは保存性と甘い余韻を整える。抹茶は覆い下で育てた碾茶を臼で挽く点が独特である。
生産と交易の歴史
大航海時代、ポルトガル・オランダが茶を欧州に運び、18世紀には英国東インド会社が流通を支配した。嗜好増大は植民地栽培を促し、インド・スリランカで近代的プランテーションが展開する。アッサム種の導入や紅茶需要の拡大は、世界市場での価格形成と関税政策に影響した。近代日本も殖産興業の一環として輸出茶を振興し、静岡などで製茶機械が発達した。
水・器・淹れ方
抽出は水質・温度・時間・葉量・器体積の相互作用で決まる。硬度が高い水は渋味を立て、軟水は旨味を引き出す。薄口の煎茶は低温短時間、烏龍茶は高温で小壺に複数回というように、葉の形状と焙煎度に合わせるのが要諦である。器は磁器・陶器・紫砂などで保温・放熱性が異なり、香の立ち方に影響する。
茶器と意匠
急須・茶碗・茶托・茶入・茶筅・茶杓などの道具は、用途に応じ容量・肉厚・表面性状が選ばれる。意匠は景色・侘び寂び・意匠銘といった審美観をともない、点前の所作が器の機能美を引き出す。
化学成分と身体への影響
カテキンは渋味と収斂性を与え、テアニンは甘味・旨味・鎮静感を支える。カフェインは覚醒を促すが、抽出条件で含有量は変動する。香気成分は焙煎や酵素反応で生成され、花香・蜜香・炒り香などの印象をもたらす。合理的摂取は気分・集中に資する一方、濃すぎる抽出や過量は胃腸を刺激しうる。
社会的意義と文化影響
茶はもてなしと対話の媒体であり、宗教儀礼・政治交際・文人活動の潤滑油として機能してきた。座を整え、湯を沸かし、客と盃を回す行為は秩序と対等性を演出する。貿易・税制・植民地経済・都市文化の形成にも深く関わり、世界各地の暮らしに定着した。
語と表現
漢字の「茶」は「艸+人+木」の会意とされ、煎じる草木という観念を孕む。日本語の「お茶」は尊敬接頭辞を伴い、日常の潤滑語としても用いられる。銘や異名(玉露・不知火など)は味と景色の記憶装置として働く。