紙
人類は記録や包装、芸術表現のための薄いシート素材を多様に工夫してきた。その代表が紙である。植物繊維を水中で分散し、絡み合わせて成形・乾燥した複合体で、軽量でありながら強度と可塑性、筆記適性、印刷適性を備える。今日の出版、教育、行政、物流、衛生といった社会インフラは紙なしに語れず、素材科学・歴史・文化の交点に位置づけられる。
語源・定義
紙は、植物由来のセルロース繊維を主成分とするシートである。繊維同士は水素結合と機械的絡みで結びつき、填料やサイズ剤、染料などの添加で性質が調整される。日本語の「紙」は古代中国語に由来し、筆記材としての用途が語源的にも中核であるが、現代では包装材、衛生材、電気絶縁材など機能材料としての側面も強い。
起源と歴史
筆記材料の古層にはエジプトのパピルスや地中海圏の羊皮紙がある。現在の紙に直結する技法は中国で成立し、後漢期に精緻化され、以後シルクロードや朝鮮半島を経て日本へ伝来した。日本では奈良・平安期に国産化が進み、楮・三椏・雁皮を原料とする和紙が発達した。中世イスラーム圏を経由したヨーロッパでは中世末から製紙が広まり、活版印刷の普及と相まって知の大拡散をもたらした。近代には抄紙機の導入と木材パルプ化により大量生産体制が確立し、新聞・書籍・紙幣・官庁文書など社会の隅々に行き渡った。
製造工程の概要
- 調成:原料パルプ(機械パルプ、化学パルプ、混抄)を叩解し、繊維長やフリーネスを調整する。
- 抄紙:ワイヤ上でスラリーを均一に分散し、脱水・圧搾・乾燥でシート化する。
- 仕上げ:カレンダーで平滑性を付与し、塗工(コート)で印刷適性や白色度を高める。
原料と薬品
原料は広葉樹・針葉樹の木材パルプが主流で、非木材として竹、藁、麻、バガスも利用される。薬品はロジンサイズ、アルキルケテンダイマー、炭酸カルシウム、粘剤(でんぷん、PVA)などで、酸性抄紙から中性・アルカリ抄紙への転換が保存性を高めた。
分類と用途
分類は用途と坪量で大別される。筆記・印刷用、包装用、衛生用、電気絶縁用、特殊機能紙などである。用途は次の通りで、現代生活の多層に浸透する。
- 情報:書籍、雑誌、新聞、コピー用、帳票、証券・紙幣。
- 包装:段ボール、クラフト紙、紙袋、ラベル、紙器。
- 衛生:ティッシュ、トイレット、キッチンタオル、医療用シート。
- 文化・芸術:和紙、版画用、画用、修復用。
- 工業:絶縁紙、濾紙、研磨紙、耐油紙、感熱紙。
寸法・規格
国際的にはISO 216のA系列が標準で、A4(210×297mm)、A3、A5などが流通する。日本では歴史的に菊判や四六判が出版実務で用いられ、菊判は印刷・製本の歩留まりを考慮した体系である。坪量(g/m²)と連量(kg)は銘柄選択の基本指標で、印刷適性・剛性・不透明度の判断材料となる。
塗工と表面性
コート紙は顔料層により平滑性・白色度・インキ保持が向上し、高精細印刷に適する。非塗工の上質紙は書字性が良く、コピー・プリント向きである。表面強度はピッキング抵抗に関係し、輪転印刷の操業安定性に直結する。
物性と保存性
引張強さ、剛度、透気度、不透明度、白色度、表面粗さ、吸油性などが主要物性である。長期保存には酸性物質の抑制と脱酸処理が有効で、pH中性のアーカイバル・ペーパーが推奨される。繊維配向(MD/TD)は反りや伸縮に影響し、装丁・加工での配慮が不可欠である。
酸性紙問題
20世紀中葉までの酸性抄紙は劣化を早め、図書館・公文書で脆損が進行した。中性抄紙とアルカリリザーブの導入により寿命は大幅に改善し、修復では日本の和紙とでんぷん糊が国際的に評価されている。
和紙の技術と文化
和紙は楮・三椏・雁皮の長繊維を活かし、ねり(トロロアオイ)を用いた流し漉きで均一な薄葉を得る。強靭で軽く、通気と耐折に優れ、書道・版画・装潢・屏風・襖紙に適する。近世の出版文化は和紙の特性に支えられ、近代以降も修復・保存・芸術で重要な役割を担う。
地域性と銘柄
美濃、越前、石州などの産地は水質・原料・技法の差異で固有の銘柄を育んだ。叩解度や灰分、地合の制御は職人の経験知に依存し、現代でも工房ごとに風合いが異なる。
印刷・筆記適性
インキの浸透と定着、表面強度、平滑性、白色度は再現性を左右する。オフセット印刷では表面のサイズとコートが、凸版・活版では圧縮性が重要である。筆記具も万年筆、鉛筆、ボールペン、ゲルインクなどで要求が異なり、にじみ・乾燥性・裏抜けのバランスが評価軸となる。
環境・資源循環
紙の環境負荷は原料調達、エネルギー、用水、薬品に関係する。森林認証(FSC、PEFC)や古紙回収・脱墨、バイオマスエネルギーの導入、LCAに基づく最適化が進む。古紙配合は強度や白色度とのトレードオフがあり、用途別の最適配合が実務で採用される。
デザインとサステナビリティ
軽量化と機能付与(耐油・耐水・耐脂、バリア性)によりプラスチック代替が進展する。繊維原料の多様化や水系コーティング技術の発展は、循環経済の中で紙の役割を再定義している。
デジタル時代における位置づけ
デジタル化で情報媒体としての比重は相対的に低下したが、触知性、可読性、制度的信頼(契約書・証憑)、災害時のレジリエンスなど物質媒体の利点は健在である。さらに、教育現場や編集設計ではページとしての俯瞰性、注記の操作性、視線誘導の易さが再評価されている。ハイブリッド運用により紙は電子と補完関係を結び、用途ごとの最適解が模索され続けている。