空想的社会主義
空想的社会主義とは、19世紀前半のヨーロッパに現れた初期の社会主義思想であり、資本主義社会の矛盾を批判しつつ、理想的な共同体像を構想した思想潮流である。現実の政治権力を直接握ることよりも、人間の理性や道徳に訴え、模範的な共同体や工場を建設することで社会全体を徐々に変革しようとした点に特徴がある。
成立の歴史的背景
19世紀のヨーロッパでは、産業革命の進展によって工場制機械工業が急速に発展し、資本家と労働者の階級対立が深まった。資本主義経済のもとで、一方には富を蓄積するブルジョワジー、他方には長時間労働と低賃金に苦しむプロレタリアートが生まれ、社会問題が激化した。また、フランス革命の自由・平等・博愛の理念が広まりつつも、現実社会はその理念から大きく乖離していた。このギャップを埋めようとする試みとして、理想社会を構想する空想的社会主義が登場したのである。
主な思想家
サン=シモン
フランスの思想家サン=シモンは、社会の指導層は血筋ではなく能力によって選ばれるべきだと考え、生産に直接携わる産業者が社会を指導するべきだと主張した。彼は、科学者や技術者、産業家が協力し、人々の需要に応じて計画的に生産を行う社会を構想し、その意味で合理的計画にもとづく社会主義の先駆けとなった。
フーリエ
同じくフランスのフーリエは、人間の情念を肯定し、それぞれの性格や欲求が調和するような共同体の建設を目指した。彼が構想した「ファランジュ」と呼ばれる共同体では、約1600人が大きな建物に共同生活し、各人が好む労働を組み合わせることで生産性と幸福の両立を図るとされた。フーリエの構想は現実性に乏しい面もあったが、労働の魅力化という発想は後の労働観にも影響を与えた。
ロバート=オーウェン
イギリスの実業家ロバート=オーウェンは、自ら工場経営に携わりながら改革を行った点で実践的であった。彼はスコットランドのニューラナーク工場で労働時間の短縮や児童労働の制限、教育制度の整備などを実行し、利益と労働者福祉の両立を示そうとした。その後、新世界アメリカで協同組合的共同体「ニュー・ハーモニー」を建設し、理想社会の実験を試みた。
思想内容と特徴
- 社会問題の根源を資本主義の競争と利潤追求に見いだし、共同体や協同組合による調和的な経済運営を目指した。
- 暴力革命ではなく、人間の理性・道徳や模範的実験によって社会全体を説得し、漸進的な改革を志向した。
- 生産手段の共有や共同所有を構想しつつも、具体的な権力獲得の戦略や階級闘争の理論は十分には発展していなかった。
- 教育や環境の改善によって人間性そのものを変革できると考え、人間観に強い楽観主義がみられた。
このように空想的社会主義は、同時代の社会的矛盾に敏感に反応しつつも、制度設計や政治戦略の面では具体性に欠けるという特徴を併せ持っていた。
科学的社会主義との関係
後に登場するマルクスとエンゲルスは、これらの思想家を高く評価しつつ、「空想」的であると批判した。彼らは歴史を階級闘争の過程として理論化し、資本主義の崩壊と社会主義への移行を科学的に説明しようとしたため、自らの立場を「科学的社会主義」と呼び、先行の空想的社会主義と区別したのである。ただし、資本主義批判や共同体構想、労働者階級への共感といった基本的問題意識において、両者のあいだには連続性も見いだされる。こうして社会主義思想は、多様な系譜を持ちながら、やがて共産主義運動や各国の労働運動へと受け継がれていった。
歴史的意義と限界
現実政治に直接の影響を与えた度合いは限定的であったとしても、空想的社会主義は資本主義の矛盾をいち早く告発し、別様の社会秩序がありうることを示した点で重要である。サン=シモンやフーリエ、オーウェンらの構想は、多くの失敗を含みながらも、労働時間短縮や福祉制度、協同組合運動など、後世に具体的制度として結実した要素を含んでいた。また、理性と道徳にもとづく社会改革という発想は、19世紀ヨーロッパの改革運動や思想史を理解するうえで欠かせない位置を占めている。