種痘法|天然痘を予防する画期的手法

種痘法

種痘法は、致死率の高い感染症である天然痘を予防するために、人為的に軽い感染を起こさせて免疫を獲得させる医療技術である。前近代の人痘接種から、牛痘を利用した近代的な予防接種へと発展し、やがて天然痘根絶につながった。ここでは、その成立の背景と原理、日本への受容と公衆衛生上の意義を概観する。

天然痘と種痘法の原理

天然痘は高い致死率と重い後遺症をもたらし、前近代社会の人口や政治、経済に大きな打撃を与えた。観察の結果、一度罹患して回復した人はふたたび天然痘にかかりにくいことが知られ、そこから「軽い感染をあえて起こせば、その後の重症化を防げる」という発想が生まれた。種痘法は、この自然免疫の仕組みを人為的に利用したものであり、のちに確立する免疫学や予防接種思想の先駆けとなった。

前近代の人痘接種(ヴァリオレーション)

近世以前、東アジアやイスラーム世界では、患者の痂皮や膿を健康な人の皮膚や鼻腔に接種する人痘接種が行われていた。これは、あえて天然痘そのものを弱い形で移す方法であり、成功すれば軽症で済み、その後は再感染しないと期待された。18世紀にはこの技術がヨーロッパにも伝わり、上流階級を中心に普及したが、重症化して死亡する危険もあり、安全性には限界があった。

  • 患者の痂皮を粉末状にして接種する方法
  • 皮膚に傷をつけ、そこへ膿を塗り込む方法
  • 流行期の発病を避けるため、季節を選んで実施する工夫

ジェンナーによる牛痘種痘法の確立

18世紀後半、イギリスの医師ジェンナーは、乳しぼりの女性が牛痘にかかると、その後天然痘に罹りにくいという農民の経験則に注目した。1796年、彼は牛痘に感染した乳しぼり女の膿を少年に接種し、のちに天然痘にさらしても発病しないことを確認した。この牛痘を用いる種痘法は、天然痘そのものではなく、軽症の牛痘で免疫を与える点で人痘接種より安全であり、「ワクチン」という概念の出発点となった。ジェンナーの研究はロンドン王立協会でも注目され、近代科学に基づく予防医学の象徴とみなされるようになった。

世界各地への普及と公的制度

牛痘種痘は19世紀初頭から各国政府により奨励され、次第に公的制度として組み込まれていった。多くの国で乳幼児への種痘法が義務化され、軍隊や学校など集団生活の場でも徹底されたことで、天然痘の流行規模は徐々に縮小した。近代国家は近代医学と統計を利用して接種率を管理し、人口政策や社会保障の観点からも種痘を位置づけるようになった。このように、種痘は個人の治療を超え、国家レベルの公衆衛生政策の中核となった。

日本への導入と普及

日本では、江戸後期になるとオランダ語医学書を通じて牛痘種痘の情報が伝わり、江戸時代の蘭学医たちが導入に努めた。19世紀半ばには、長崎や大阪などで輸入された牛痘苗を用いた接種が行われ、緒方洪庵らが種痘所を設けて普及に尽力した。明治政府は近代国家建設の一環として天然痘対策を重視し、明治時代には種痘法の義務化や種痘所の整備を進めた。その結果、日本でも天然痘による大規模流行は次第に姿を消していった。

種痘法の歴史的意義

  1. 種痘法は、世界的な天然痘根絶の土台を築き、20世紀に至る国際的撲滅事業の前提となった。
  2. 病原体と免疫の関係を利用するという発想は、細菌学や予防接種技術の発展を促し、ジフテリアや狂犬病など他の感染症ワクチン開発にも道を開いた。
  3. 接種の実施・記録・義務化を通じて、国家が国民の健康を管理する近代的公衆衛生体制が形成され、人口増加と労働力の安定確保にも大きく寄与した。