男女平等参政権|性別を問わぬ投票権の確立

男女平等参政権

男女平等参政権とは、国家や地方の政治において、男女が等しい条件で選挙権・被選挙権を持つ原則を指す概念である。かつて多くの国家では、参政権は一定の財産や納税額を満たす男性に限定され、女性や一部の男性は政治的意思決定から排除されていた。こうした制限が段階的に撤廃され、成人した男女が等しく投票し、政治家として立候補できる体制が確立されたとき、その状態を男女平等参政権と呼ぶのである。

男女平等参政権の概要

男女平等参政権は、近代民主主義国家の基本原理の一つであり、「一人一票」の原則と密接に結びついている。性別を理由として選挙権や被選挙権に差を設けないという考え方は、近代以降に発展した人権思想、自由・平等の理念から導かれたものである。形式的には選挙制度の規定によって保障されるが、その背後には社会におけるジェンダー観、教育機会、職業参加など多様な要素が絡み合っている。

歴史的背景

男性参政権の拡大から普遍的参政権へ

近代の最初期における参政権は、一部の特権身分や高額納税者に限られており、同じ男性のなかでも大きな格差が存在した。産業革命の進展や市民階級の成長にともない、納税額や身分による制限を撤廃し、成年男性一般に選挙権を与える「普通選挙」が求められるようになる。まず男性間の平等が実現し、その後に女性を含めた普遍的な参政権へと議論が進んでいったのである。この過程で、民主主義の成熟や議会政治の発展とともに、個人の自由や平等を重視する思想が広まった。

女性参政権運動と男女平等化

男性の普通選挙が実現しても、長らく女性は政治的意思決定から排除されたままであった。これに対して各国で女性参政権運動が展開し、デモや請願、出版活動を通じて不平等の解消を訴えた。人権思想やフェミニズムの広がりとともに、女性にも選挙権・被選挙権を認める国が徐々に増え、最終的に男女ともに同じ年齢・同じ条件で参政できる体制が各国で整えられていく。この思想的背景には、個人の自律や自由を重視する哲学や近代思想があり、その一部はニーチェサルトルといった思想家の議論とも接点を持ちながら展開したと理解されることがある。

日本における男女平等参政権

日本では、明治憲法下において参政権は成年男性のうち、一定額以上の納税者などに限定されていた。その後、政党政治の発展や民本主義の影響のもとで選挙権拡大の要求が強まり、やがて成年男性全体へと拡大していく。しかし、この段階でも女性には選挙権が認められず、政治参加は制約されたままであった。

第二次世界大戦後、日本は新しい憲法を制定し、すべての国民は法の下に平等であると明記した。これに基づき、選挙法も全面的に改正され、成人した男女が等しく選挙権・被選挙権を持つことが制度として確立した。戦後初の選挙では、多くの女性が初めて投票所に向かい、女性議員も誕生したことで、日本における男女平等参政権の出発点が象徴的に示されたのである。

男女平等参政権の意義

  • 第一に、男女平等参政権は、基本的人権の尊重と人間の尊厳を具体的に保障する制度である。性別を理由に政治的権利を制限することは、近代の平等原則と両立しない。

  • 第二に、多様な社会集団の利害や経験を政治に反映させる機能を持つ。女性が人口の半数を占める社会において、その声が政治過程に十分に届かなければ、政策は偏ったものになりやすい。

  • 第三に、教育・雇用・家族制度など、社会の他の領域における男女平等の推進力となる。政治参加の平等は、社会全体のジェンダー平等の指標としても重視されている。

国際的な広がり

国際的にみると、男女平等参政権の実現には時間差が存在した。早い段階で女性参政権を認めた国もあれば、かなり遅れてから男女平等が達成された国もある。戦後になると、国際連合や人権条約が「選挙における平等」を各国に求めるようになり、国内法の整備を促した。多くの国で憲法や選挙法に性別による差別禁止が明記され、形式的には男女が同じ条件で選挙に参加する仕組みが整えられていった。

形式的平等から実質的平等へ

男女平等参政権が法律上認められていても、現実の政治の場ではなお男女間に大きな格差が残る場合がある。例えば、議会に占める女性議員の割合が低い状況では、政策決定の過程で女性の経験や視点が十分に反映されにくい。このため、候補者の一定割合を女性に割り当てる制度や、選挙資金・政治活動における男女格差を是正しようとする取り組みが各国で進められている。形式的な権利の平等から、実際の政治参加の機会と結果の平等へと、議論の焦点は移りつつあるのである。